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ショートショートお題『心お弁当』

「オベント、アタメマスカ?」

マニュアルどおり毎回聞くが、半分くらいの人がそのままでよいという

ヤンはそれが不思議だった

きっと家に帰って温めて食べるんだろうと思っていた

ある日の休憩時間、店長のノダさんが店の弁当を食べている

冷たいまま、食べている

「テンチョさん、何故アタメナイノ?」

「ん?オレは、弁当は温めない派。おかずの生野菜とか熱くなるの嫌だし」

「中国デハ、必ズ、ゴ飯アタメルヨ。冷タイは刑務所ダケ」

「そうなんだ。日本でも冷や飯を食うなんて表現あるな」

「でもね、一度、弁当とかおにぎりとか冷たいままで、米粒を噛みしめながら食べてみてみ。日本ではね、米粒それぞれに7つの神様が宿っているから大事に噛んで食べろって言う。そうすると冷たくても美味い」

ノダは、日本文化の蘊蓄を垂れてやろうと、うろ覚えの、幼い頃に田舎のばあちゃんがよく言っていたことを付け加えた

ある日、ヤンはバイトから廃棄対象のおにぎりをもらって家路についた

いつもなら電子レンジで温めて食べるのだが、ふと店長の言葉を思い出し、冷たいまま食べてみた

ヤンが知っている、冷たいご飯が放つ、ふんとする変な臭さはない

ごはん粒をひとつひとつ、噛みしめてみる

7回噛みしめるんだったかなと、7回づつ

すると、じゅわじゅわと甘みが舌の上に広がってくる

米粒の心(しん)に隠されていた旨味が放たれる

それが、ヤンの大好物のおかかの魚の旨味をさらに引き立たせた

(596字)



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