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カーテンコールにはまだとおい


時が過ぎるのは早いもので、いつの間にか良太と出会ってから5年が経ち、私は22歳になっていた。まだ高校生だったのがつい昨日のように感じられるのに、しかし時は少しずつ確実に進み、まるでペンキを上から塗り重ねていくように、私たちは歳を取っていた。

「すごかったな、結婚式」
「お嫁さんがすっごく綺麗だった!というか私、呼ばれて大丈夫だったのかな」
「平気、平気。俺の恋人として、呼んだし」
「そっか」

『恋人』という良太の言葉に私の心臓は思わず飛びはねる。暗くて顔はよく見えないけれど、こういうとき良太は必ず顔を真っ赤にさせて言うから、今彼がどんな表情をしているかは大体想像がつく。高校生のときから、変わらない。

「お兄さん、幸せそうでよかったね」
「嫁さんがいい人なんだろ」
「もう。良太、素直じゃない」
「うるせえ。兄貴の話すんな!」

絵に描いたようなブラコンである彼は、お兄さんの話をするとすぐムキになる。こういうところも相変わらずだ。かく言う私もたまに「人が話してる時に視線外す癖、相変わらずだな」と言われることがあるから、そういえばそうだな、と思う。そんなこんなで、ここ数年お互いに知った部分は沢山あるけれど、それでもまだ良太に関して知らないことが無いわけじゃない。むしろ、知っていることのほうがまだ少ないと思う時もある。

「……なあ」
「うん?」
「寒くないか」
「え、べつに、とくには」
「そっか」

口早な相槌を怪訝に思いながらも彼から視線を外すと、それに待ったをかけるかのように右手を、がしっ、と掴まれた。「うえっ」と思わず色気の無い声を出しながら私は前につんのめったものの、間一髪のところで肩を支えてくれたみたいで、転ぶには至らなかった。

「ど、どうしたの」
「え…いや、あの、さ」
「うん」
「俺、もう子供じゃねえから」

俯いたまま独り言のようにぽつりと放った台詞は閑静な住宅街に少しだけ響いた。どうしたのだろう。式中に飲んだシャンパーニュのせいで酔っているのかとも思ったけど、そんな感じではない。子供じゃない、っていうのは。一体。
そう考えて、ひらめいた。そうだ。良太はもう大人なんだ。身長だって、高校の時に比べれば遥かに伸びているし、顔つきだって声だって、少しずつ変わってきている。成長している。それを良太は、ちゃんと私に知って欲しかったのかもしれない。切なげに伏せられた彼の睫毛を眺めていると、不意に、背中から抱き締められた。自分のものではない体温に、ふわりと身体を包まれる。

「りょう、た」
「―…分かってくれた?」
「昔はもうちょっと、小さかった、かな」
「それが成長してるってことだよ。俺も、お前も」

全身に伝わる良太の熱は、彼が大人になったことを教えてくれた。あの頃の面影は確かにあっても、あのままではない。過去は過去でしかなく、今は、今しかないのだ。私たち人間は前に進む以外のすべを持たない。進むことしか、出来ない生き物だ。

「…なあ」
「うん?」
「俺達もさ、しようか、結婚」



( カーテンコールにはまだとおい )