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人の手を力強く握るのが怖かった。腕相撲だって負けた方がいい気がしていて、ゲームをする時はなんとなく2番くらいになればいいやと思う。本気をぶつけるのができなくて、なんとなく笑って過ごしてきた。自分が1番になると、なんだか申し訳ない気がして。

友達と喧嘩をすると何故か私が加害者として怒鳴りつけられた。あなたが悪いでしょう、他人に迷惑をかけるのをやめなさい、と言われた。ただの子供の一つの喧嘩なのに、まるで母親に迷惑をかけているように捉えられた。私が遊びで親を叩いた時にはひどく痛がられて、私が悪いことをしているように捉えさせた。今思うと育て親が被害者意識を持っていただけで、わたしは何も悪いことをしていなかった。

不安型愛着の人間は、人を恐れない。何故だかわからないが、社会は自分が支配できて然るべきだと思っているからだと思う。否、支配できるような人間としか関わらないことを選択するからである。

母は自然にしていると急にシャッターを下ろされて拒絶されて、繕っている時に異常に楽しそうに接してきた。まるで私がいてもいなくても関係ないようだった。わたしは嫌なことをされて悲しい時に「もっと泣いていいんだよ」と言われることが多かったが、そんな信頼できない人間の前で泣くわけがなくて、なんであなたの思い通りにされなきゃいけないんだ、と自室で一人で泣くことさえもコントロールされているような気がして諦めていた。日頃の信頼関係をどうやって構築するのか、まるで知らないようだった。

私が自然にしていると非難される気がする。本気でぶつかったら、素直な心を見せたら避けられる気がする。本当の自分は小説の中にしかなくて、音楽の中にしかなかった。それを出してみたい気がして頑張っているけど、やっぱり嘘ばっかりついてしまう。本当に守りたいものを守れるようになるといいな。誰のことも気にせず、極力自分を責めないようになりたい。

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