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ホーミー教室3

ホーミーの説明と、ホーミーと福神漬けに存在する「カドのない優しさ」という難しい概念、
そして、ホーミーの基礎となると思われる「志村けんバリの発声法」を学び、僕の、ホーミー教室初日は幕を閉じた。
申込用紙記入の誤記入から、見たことも聞いたこともないホーミーを習うことになった僕。しかも、マンツーマンで。
しかし、その怒涛の初日を終えたあの頃の僕は、なぜか、とても清々しい気持ちでいた。
残り7回のレッスンで、ホーミーをものにしてやろう、そんな想いが、この清々しさの仕組みであろうか。
ホーミーと福神漬けにある「カドのない優しさ」と言う深いんだか浅いんだかわからない表現を僕が魂で理解したとき、それは、新しくさらに大きくなった自分との出会いの時である。
さて、一週間後のレッスンに向けて、習った発声法でも練習するかと思ったが、
完成の形がわからないので、どこに向かって「志村声」を高めていけばよいのかわからない。
「志村声」を高めていって、もし、志村けんそっくりになったとしても、ホーミー先生から、
「それじゃあまるで志村けんじゃない!」
などと言われた日には、志村けんの喉に近づいた僕の喉は、無駄に志村けんに近づいただけで、そこには、疲労と虚しさしか残らないだろう。
だから、練習することはやめておくことにした。
インターネットも普及していない時代、他にホーミーの情報を得られることもなく、2回目のレッスンはやって来た。
教室のあるビルまでは、僕のアパートから自転車で20分ほどかかる。
その日は、雨が振りだしそうだったので、少し早めにアパートを出たら、当然のように早くついてしまった。誰かに見られて、ホーミー教室を凄く楽しみにしていると思われたらどうしよう、などと、下らないことを考えてビルの前の自販機でコーヒーを買って飲んでいると、ビル玄関からホーミー先生が出てきた。早く来たことを一番見られてはいけない人物に見られてしまった。
「あら、感心感心、とても意気込みを感じるわぁ。
喉のためにドリンクまで飲んじゃって。」
ホーミー先生はそういった。
「いや・・・その、雨が降りそうだったので・・・その、早めに・・・あ、あと、ドリンクは、コーヒー飲みたいなぁ・・・みたいな、なんか・・・」
と、しどろもどろになっていると、ホーミー先生は僕の話を遮るように、
「今日からね、あなた一人じゃないわよ。3名、いらっしゃるのよ」
といった。
そうか、全8回のレッスン、途中参加もできるのか、ということは、「志村声」の練習をその新入りたちはやっていないのだから、
僕の方が多少は上だな、などと、考えていた。
僕は、変なところ負けず嫌いなので、途中参加の連中には負けたくなかった。
レッスン5分前になり、僕は建物の中にはいった。
すると、五十代くらいの女性と、30そこそこかと思われる男性が、
ロビーの椅子を立ち上がるところだった。
そのたどたどしい雰囲気から、この人たちがホーミーの新入りだろう。
教室に向かうと、やはり、その3人も同じ教室に入っていった。
前回は、僕一人だったので、
向かい合わせに椅子が二脚あり、ホーミー先生と向き合う形だったが、今日は、椅子がぐるりと円を描くようにおかれていて、テーブルがないので、荷物をおくためのかごが、一つずつ用意されている。
僕は、1日先輩なので、先に、腰を下ろした。
すると、「座ってもいいのかしら?」などといっていたご婦人二人も着席し、もう一人の30男も、腰に手を当ててぐるぐる腰を回したあと、席に着いた。気合いが入っているように思える。
先生の座るであろう椅子を一つ残し、僕を含めて初対面の四人は椅子に座っているわけだが、これがまた、なかなか気まずい。
なにせ、円を描くように配置してあるわけだから、
顔を上げると、他の三人と目があったりする。
おばさん二人は、元々の知り合いらしく、何かひそひそ話している。
僕は、なにげに横に目をやると、30男と目があった。なんとなくお辞儀をしたら向こうも返してきた。とりあえず、常識の通じる相手でよかった。座るときに腰をぐるぐる回していたので、ひょっとしたらちょっと変な人なのかと思っていたからだ。そして、僕のように書類不備でホーミーに参加しているわけではないだろうから、彼は根っからのホーミー野郎なのだ。ひょっとしたら、もう既にホーミーを嗜んでいるのかもしれない。
このおばさん二人もその可能性はある。
僕は、勇気を振り絞り、この30男に話しかけた。
「ホーミーは、はじめてっすか?」
すると30男は
「はじめてっす」
と答えた。
「僕も、はじめてっす」 
と返したその後は、無言が続いた。
その時間は、おそらく1,2分だと思うが、とても長く感じられた。
すると30男は、
「ホーミーっぽいことならやってたこともあるっすけど」
といった。
(ホーミーっぽいこと・・・?)
なんなんだ、それは。この世の中に、
ホーミー以外にホーミーっぽいものなど、あるのか。
それがなんなのか、とても気になるので男に尋ねようと思った矢先、男は腕を組んで目を閉じている。
男の言い放った「ホーミーっぽいこと」の真相は闇の中だ。
目をつむっている初対面の人間に声をかけるほど、僕も野暮ではない。
は!もしかして、この男、相当な使い手なのかもしれない!
ホーミーっぽいこと、という、気になるワードをぶちこんでおきながら、こちらからの反撃には目をつむるという防御を完璧なタイミングで出してくる。
相当な使い手の可能性が高い。
そんなこんなで、ホーミー先生が教室に入ってきた。
先生は、「さてみなさん、始めましょうか」
といいながら着席した。
みな、それぞれのタイミングで座ったままあたまを下げ、よろしくお願いします、のような挨拶をした。
すると先生は、
「あ、そうそう、あなたにね、悪いことしたわ」
と、僕に話しかけてきて、
「これをね、前回、渡し損ねたの」
といって、プリントを手渡してきた。
そして、同じものを新入りたちにも配った。
見てみるとそれはホーミーの解説と、
発声のやり方がざっくりと書かれている。
その内容は
「腰と喉を同時に押し下げ、下顎が上顎を越えていくイメージで、腹と胸の中間から、(う)とも(え)ともつかぬ音を出すが、意識は脳天で空を感じる」
というようなことが書かれていた。
かなり昔の記憶なので少し違うかもしれないが、
大袈裟に書いた訳ではなく、
なんなら、もっと難解な文章だった。
下顎が上顎を越えていく・・・。
越えるというのはどういうことなのか。
隣に座る30男も同じ疑問を持ったようで、
「この顎が顎を越えるというのはどのようなことでしょうか?」
と、先生に尋ねた。
「上顎の場所に下顎を、下顎の場所に上顎を、ということよ」
と、即座に答えた。
即座に答えるということは、先生のホーミーに対する概念としてそれは先生のなかに確かに存在する表現なのだろう。
だが、さっぱりわからない。
実際、そうなったら、かなり気持ち悪いことになる。
気持ち悪いからこそ、イメージなのだろう。
だが、ここから深追いすると、この先生は厄介なことになるのを僕は知っている。
質問した30男も残りのおばさん二人も黙っている。
先生が作ったであろうプリントの文言と、それに対する説明の破壊力に、ホーミー先生のヤバさを感じたのかもしれない。
「初回にやった基礎からやりますからね」
先生はなにもなかったのように、
先に進む。さすがだ。
初回の基礎に戻るのか・・・。志村声の練習に・・・。
そんな僕の想いをよそに、
全員で
「うぇぇ!」「うぇぇ!」「うぇぇ!」
僕にとって2回目のホーミーレッスンも、
結局、初回と変わらぬものになった。
謎の説明文が書かれたプリントを新たに
入手した、それだけが、唯一の前進である。
僕には残り6回しかないのだ。
そして、いまだにホーミーがどんなものなのかさえ、わからないのである。
次回、いよいよ最終回。
ホーミー教室完結編。
みなさん、長々とくだらない思い出話にお付き合いくださりありがとうございます。




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