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AirTagやMAMORIOを語る前に最低限知っておいてほしい紛失防止タグという業界のこと。

※MAMORIOに関する記述はインタビュー等で公言している内容を基にしていますが、最新の状況は異なっている可能性があります。

AirTag登場で久々に紛失防止タグに言及する人が多い

AirTagについてMAMORIOやTileといった既存ベンダーに対して「終わったな」という意見や、はたまた「マーケット伸びるからこれからだね!」など様々な意見が飛び交っている状況だ。

COOとして5年働いたMAMORIOを退職し、今はしがらみも捨てて趣味的に紛失防止タグ研究に勤しんでいる僕でも、こんなにMAMORIOが知名度あったとは驚くばかりだ。

そんな中、MAMORIOのCEOの増木さんのnote2本が賛否両論を生んでいる。

Appleの市場参入を歓迎する、AirTag発表直後の記事「ようこそ、ほんとうに。」は、柔らかい口調とエモい文体からMAMORIOを応援するコメントが多い。
応援9割、否定1割くらいだろうか。

そして、AirTagや紛失防止タグの具体的な課題に踏み込んでいる「AirTagへの見解と畏敬の念」については、どちらかと言うと否定的な意見が多いようだ。
文意を汲んで理解を示す人が3割、否定的なコメントが7割という印象。

紛失防止タグ市場に対するいくつかの誤解

誤解その1:紛失防止タグはクラウドネットワークだけで選ばれている

基本的に既存ベンダー終わった論の多くがiPhoneのユーザー数をベースにしている。
要はクラウドトラッキング(MAMORIOが特許技術ではある)のネットワークが多いし、見つかりやすいのだから、人々はAirTagに集中するため、終わったという論。

終わったというのが、倒産するということだとすると、本当にそうだろうか。

そもそも紛失防止タグメーカー各社や紛失防止タグを黎明期から利用しているイノベーター達にとって、クラウドトラッキング網はおまけ機能としてスタートしている。

この点について件のnoteで増木さんも少し触れている。

今回Appleの探すネットワークに注目が集まってますが、本来はそのシーンというのはほとんどないはずです。

クラウドネットワークに人々が頼ることになる確率は90%以上無いということに気付くべきだ。

少し歴史と市場の話をすると、紛失防止タグ市場はアメリカで誕生した。
クリス・ハーバート率いるTrackR(2009)を皮切りに、Tile(2012)、XYなど様々なベンダーが生まれてきた。

少し考えればわかるのだが、各社が発売したTrackR bravoやTile Mate(初代)などには、確かにクラウドトラッキングに近い仕組みが備わっていたが、当時それらはオマケとして存在しており、メインの機能は「スマホから音を鳴らす」だった。
クラウドトラッキング的な、GPS機能的な機能を期待して買っていた人は一握りだと思う。

どの製品も最初はユーザー数がゼロだし、アメリカはとても広いからその機能だけでは売れないのだ。

加えて当時のBluetoothの飛距離は今よりも遥かに短かった。だからクラウドGPSは精々家族が位置情報を更新してくれるくらいのオマケ機能だったのである。

僕はMAMORIO時代、TrackRのCEOのクリス(ちなみに超親日派で神奈川でよくサーフィンしてる。日本語も少し話せる。)に海外進出の相談をしたことがある。

「紛失防止タグって英語でなんて言えばいいの?Anti Lost Tagかな?」

クリスは言った。
「うーん。アメリカだとKey Finderだし紛失防止タグって言わないよ。」

クリス自身、彼が家の中で車の鍵が行方不明になるのが嫌でTrackRを作った。
まさに「家の中」で「音」を頼りに探せれば見つかるじゃないかというのが主目的だったのだ。

クラウドネットワークが最初ではないのは、MAMORIOも同様であり、MAMORIOは家の中で探すニーズにはフォーカスせず、日本において紛失の殆どが「置き忘れ」から発生するし、置き忘れを防ぐ、もしくは置き忘れた時間と場所がわかれば殆ど返ってくる類稀な国であることから「紛失防止機能」を軸に商品が設計されている。

これが、MAMORIOの設計思想であるZERO UIの概念からくる、電池交換が出来ない、音も鳴らさない、その代わり、世界一小さくて何にでも付けられるというHW的特性を生み出し、サービス拡張はHWの進化ではなくアプリ・サーバー・MAMORIO Spotなど外的なものによって行うという、少し変わった特徴に繋がっているのだが、ここだけで連載になるほど色んな話が出てくるので興味がある人はシリーズを読んでみて欲しい。

※今のMAMORIOは電池交換出来るものや、ワイヤレス充電出来るものもあります。

https://robotstart.info/2017/08/23/iot_tanbou_no15_2.html

https://robotstart.info/2017/08/24/iot_tanbou_no15_3.html

https://robotstart.info/2017/08/25/iot_tanbou_no15_4.html

https://robotstart.info/2018/06/06/iot_tanbou_no20.html

https://robotstart.info/2018/07/06/iot_tanbou_no21.html

余談だが、日本で「紛失防止タグ」という呼称が一般化しているのは呼称をMAMORIOが店頭で普及させてしまったからだ。
その後、海外メーカー達が入ってくる時に「キーファインダー」ではなく紛失防止機能があってもなくても「紛失防止タグ」という呼称を使い始めたからである。

話が脱線したが、そうは言ってもクラウドネットワークの品質において既存の紛失防止タグが勝てないポイントであることは確かだ。

自転車などのように手元から離れている時間が長く、かつ盗難リスクが高い対象物において、あえてApple以外の製品を選ぶ必要性を私は感じない。

逆に財布のように手元から離れない製品であれば、そもそもクラウドネットワーク云々より、サイズだったり、取り付けられる製品にあったデザイン(シール型、カード型など)、スピーカーの大きさだったり、そもそも無くさない為の紛失防止機能の有無の方が重要だ。

誤解その2:AirTagならGPSの代わりになる。

実際に僕は昨年、半年かけて、AppleのFind Myネットワークがどれだけの捜索効果があるのかを、ある方法で都心部、地方都市、田舎等で他の紛失防止タグも含めて性能を試してきた。

結論から言えば、基本的にはAppleが圧勝。しかし、過度な期待は危険、というものだった。詳細なデータは都合上割愛するが

検知回数
Apple>>>>>>MAMORIO=Tile>>>Chipolo>>>>>Qrioという感じの結果。

追記:Tileは販売個数が多いのですが、接続方式の問題ですれ違いでの反応性に難があるのと、遺失物センター等を抑えてないので結果発見率が見た目の売上ほど伸びない。

位置情報精度
どれも基本的に一緒。Appleが高い時もあれば、他の製品が高い場合もある。ほぼiPhone側のGPSの取得状態に依存すると思われる。
ただ、検知回数が多いAppleの方が精度高いデータを得られる確率も高い。

Appleでさえも地方都市かつ車社会では丸1日以上位置情報が更新されないこともあったので、田舎でもGPS的に使えるという幻想は捨てた方がいいと思われる。

ちゃんと追跡する必要性があるものにはGPS端末を使いましょうね。

誤解その3:紛失防止タグメーカーは慌てふためいている。

紛失防止タグメーカーからすればAppleの参入なんて2017年前後にAppleが取得した特許群を見れば想定の範囲内だった。

むしろ出てくるのが想定より2年遅かったくらいなのである。
その時点で今さら慌てふためくわけがないだろう、という想像は容易に付くのではないか。

僕自身もこんな記事を2年前に書いている。

そして出てきた製品はBluetooth5.1+AoAではなくUWBを採用した(iPhoneがUWBを搭載したのは記事の半年以上後)こと以外は想像の域を超えていない。



もちろん、冒頭の増木さんのnoteにあるようなリスクが満載な事業なので、本当に出てきたことには一定の驚きはあるものの、この数年むしろ「AirTag待ち」をしていたという方が正しいかもしれない。

資金調達ではAirTagの登場を見越した事業計画を練っており、AirTagという超弩級の追い風を最大限受けられるように、数年前とは事業構造が大きく変わっているというメーカーもある。

今の僕の立場からは詳細は話せないが、ここ数年のMAMORIOの動きが参考になるかもしれない。

1.BtoBtoCモデル「MAMORIO Inside」の強化(2017~)
2.BtoBSaaSモデル「MAMORIO Biz」の立ち上げと注力(2018~)
3.D2Cよりの販売への転換

結果的に昨年3月の時点でBtoC偏重から他のビジネスへ転換が完了していたし、僕が辞めてからもその方針は続いているはずだ。
実際にこの会社のビジネスは緊急事態宣言で販売店が全部閉まって1個も売れなくても他が伸びてきた。

店が閉まって尚、BtoCチャネル以外の売上が伸びている会社が、マーケットの拡大をもたらす超大型爆弾が投下されて、事業が停滞すると考える方が僕は不自然に思えます。

誤解その4:AirTagを活用した見守りサービスなどが普及する。

サードパーティ向けの仕様書を読め、の一言なのだけど、これも怪しい意見だと思う。

AirTagが人の追跡に使うことを推奨していないことは、ここ数日である程度浸透してきたが、いずれにせよFind Myネットワークはサードパーティ事業者が「HW開発」するのには使えるが、「サービス開発」するには少なくとも現時点ではかなり向いていない。

まず、Find Myに対応するタグは自社アプリの利用を禁じられ、Find Myアプリのみが利用できる。
つまり付加価値を提供するようなアプリを作ろうにも、オリジナルのアプリが作れないのだから、HW的な大きさとかデザインとかスピーカーの音量のような差別化しか許されない。

その上、位置情報取得の方法もネックになる。

詳細は上記の記事に譲るが、秘密鍵と公開鍵の組み合わせかつエンドツーエンドでの通信になっていることから、サーバーに解読できる形で位置情報が保存されておらず、Apple自身にすら中身を見ることが出来ない。
つまり、例えば自治体がFind Myネットワーク対応のタグを高齢者に配って、万が一の徘徊時に捜索する、といったサービス設計は技術的に難しいのである。

誤解その5:既存ベンダー各社の通信方式は全部同じである

時々、無知な人が「既存ベンダーはネットワークを共有しろ」と言う。
しかし、それは非常にハードルが高い話だ。
もちろん、MAMORIOも他社からネットワークの相互乗り入れ話を持ちかけられたことはあるし、検討したこともあるのだが、結果無理だった。

一つはビジネス性。MAMORIOの国内シェアが8割超えていた上に遺失物の多くが届く鉄道会社にMAMORIO Spotが700路線も対応している日本では、他の会社にとってメリットがあってもMAMORIOのメリットが無かった。

もう一つはそもそも、通信方式も違う。
MAMORIOは基本的にはBeaconだ。一方通行のアドバタイズしかしていない。音を鳴らす必要が無いし、
本体にボタンもないから特定の端末と「接続」する必要が無いからだ。
最初から1対Nの通信をベースに設計されているから、理論上は1,000個でも2,000個でも検知出来る。だから企業向け製品のMAMORIO Bizの展開ができるのである。

一方Tile等はペアリング方式だ。基本的に1対1の通信を想定されている。
ペアリングすると他の端末からはパケットを見ることが出来ない。
その代わり「接続」されているからスマホから音を鳴らしたり、その逆が出来たりするのである。

それに、サーバーに保存されるデータ形式もバラバラで同期のタイミングの設計なども。

極めつけは、ネットワークを共有化したWistikiとChipoloがそれで売上が伸びたわけじゃなかった。Wistikiは倒産し、振り出しに戻った。

ぶっちゃけ、1000万人ユーザーがいます、とか1300万人ユーザーがいます、とか言っても、売上に全くインパクト無いだろうというのは想像に難くない。

なにせ誰もその数が多いのか少ないのかわからないのだから。

マーケティング的に意味を持つのは、

一番見つかる。
もしくは
生活圏で見つかる。

それくらいじゃなかろうか。それすらも、先に述べたようにユーザーの最後の決めてになるかならないか、くらいの重要度なのだが。
よほど、小さくて何にでもつけられる、とか、かわいい、とか、音がでかい、の方が実際のユースケースでは大事である。

Tileの憂鬱とAppleの市場破壊。

個人的にかなり厳しいと見ているのがグローバルシェアNo.1のTile社だ。

ここでもう一度、歴史の話をしよう。
紛失防止タグ市場の黎明期、アメリカで先んじていたのは2009年設立のTrackRだった。

TrackRはスタートアップとしては異例の数百万個の売上を達成し、順調にユーザー数を増やしていく。
しかし2012年Tile爆誕。破竹の勢いでTrackRのシェアを奪い始める。

当時主力のTrackR bravoはTile Mateに比べて格段に小さく、電池交換が可能という特徴を持っていたが、評判が今ひとつだったことや、Tileによる多額の資金調達とそこから生まれる無尽蔵のマーケティングによりブランドの消滅に追い込まれ、創業者のクリスはCEOを退任しAderoとして再出発したが、上手く行ったという話は聞かない。

一方舞台を2015年前後のヨーロッパ、フランスに移す。
ここではWistikiという会社が紛失防止タグ市場を牛耳っていた。聞いた話では8割以上のシェアを誇っていたそうだ。
最初の製品は今ひとつ垢抜けない白いタグだったが、2代目モデルではフランスが誇る超有名デザイナーのフィリップ・スタルクを投入し、非常にデザイン性に富んだ製品を発売し、4,000万ドルの資金調達を成功させるなどヨーロッパ市場の席巻に向けて邁進していた。

ちなみにフィリップ・スタルクは日本で隅田川沿いにある某ビール会社のアレを手掛けたデザイナーだ。

しかし、ほどなくしてアメリカで大型資金調達を終えたTileが世界征服に乗り出す過程でフランスにも進出。
Wisitikiが作り上げてきた市場をマーケティングの力で奪い取り、なんとわずか1年少々でフランスでのWistikiのシェアは8割以上減少した(らしい)

その後、スロベニアのChipoloとクラウドネットワークの共有化をするなど、Tileに反撃を試みるがついにWistikiは2020年に倒産を迎えることとなる。

オーストラリアではOrbit社が高いシェアを誇っていたが、これもまたTileに蹂躙されて(ry

こんな感じでTileという会社は世界中で先行する各メーカーを蹂躙してきた会社だ。

そんな彼らだが、何故か日本でだけはMAMORIOとか言う、音も鳴らないし、電池交換も出来ないし、防水でもない、ただ小さいのと、なんか知らんが全国700路線以上の鉄道会社と提携している謎アライアンス力を持ったよくわからないメーカーを潰すことが出来なかった。
大抵店頭でも並んで置かれている。

それは日本市場の特殊性とユースケースの違いに他ならないわけだが。

TileがマウンテンバイクならMAMORIOはロードバイク。

不整地に行くのにロードバイクを買うのは愚かだし、不整地に行かず町中で乗るのに、重くてデカいマウンテンバイクを買うのは、ファッションのようなものだろう。
道具は使い分けが重要だ。

Tileとソフトバンクのマーケティングの例



それは置いといて、ここでAirTagの登場を考える。

ハッキリ言って、AirTagはTileやChipoloなどキーファインダー系紛失防止タグの上位互換だ。
基本的にTileに出来てAirTagに出来ないことはAndroid対応以外にはあまりない。
ただ製品の優劣以上に恐ろしいことがある。

キーファインダー市場の構造変化だ。

Appleはこの程、サードパーティにFind Myに対応するタグの開発を認めた。
Appleの仕様書に則って作れさえすれば、Tileのネットワークを遥かに超える規模のネットワークを手にできる上に、そしてAppleが開発した「探す」アプリが手に入るのだ。

というかAirTagコピーが作り放題。

実のところ紛失防止タグというのは、開発に莫大なヒト・モノ・カネの投入が必要であるという点が大きな参入障壁になっていた。

一般的にHWスタートアップが大変なことは、容易に想像つくだろう。
金型費などの初期費用はもちろん、物理的に流通経路も準備しないといけないし、在庫リスクもあるし、品質保証も大変だし、一度作り始めたら基本的に後戻り出来ない!

その上、アプリやサーバーサイドの開発も大変だ。
iOSアプリはバックグラウンドでの長時間稼働に多くの制限があり、これを回避するにはハック的な手法を駆使しないとまともに動かない。
AndroidはHWの多様性故にこれまたバックグラウンドでもフォアグラウンドでも安定したアプリを作ることが難しい。

わかりやすいのがコロナで出来上がったCOCOAだ。あれも技術上は紛失防止タグのクラウドトラッキングに近いのだが、失敗するのはある意味当然。超えるべきハードルが多すぎたのだ。

だから、単にBluetooth製品が作れるからと言っておいそれと参入できないのが紛失防止タグの世界だった。

しかし、Appleはパンドラの箱を開けてしまった。
これからはHWさえ作れれば誰でもAirTagコピーが作れる。有象無象のメーカーが参入してくることは容易に想像出来る。

その上、Tileの存在価値を裏付けていた世界一の発見ネットワークは、あっという間に世界一じゃなくなってしまう。
しかもそれすら、その辺の新興メーカーが作ったブランドが上を行ってしまうのだからたまったものではないだろう。

ならばAppleの軍門に下るか?彼らはAppleと法廷闘争を繰り広げている。その上、作り上げてきたTilePremiumのビジネスモデルも崩壊する。
そうそう出来ないだろう。

グローバルで強いブランド力を持つ実質世界2位のChipoloはさっさとFind Myネットワークに乗り換えた。

今なら彼らのブランド力でAirTagには勝てないにしても、ユーザー基盤がある分有利に動ける。
これからも独力でAppleに頼らずTileのシェアを塗り替えるよりはよほど合理的だろう。

それにChipolo ONEの筐体をベースに作れば他のメーカーよりも早く製品を投入することも可能だ。

このように、似たような製品を作っているように見えて、実はそれぞれがそれぞれの背景の中で動いている。

スロベニアという小国から小規模な組織で二番手の地位を確立してきたChipolo。
そもそもTile達と競合する気すら無かったし、おそらくこれからも戦うつもりもない小さな日本のMAMORIO。

Tileだって開発チームをスリム化すればAndroidや財布などの需要に対応して生き残れるかもしれない。

激変する市場環境で彼らがどうポジショニングを確立し、AirTagという追い風を生かしてビジネスを伸ばせるかが本当に楽しみだ。

最後にこの言葉を読者の皆さんに送りたいと思う。

また、まとまりの無い文章を書いてしまった。では。

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