10/15朝 3時間の憂鬱な記憶


 俺の家の2階に雑貨屋のロフトが出店した。いや、そもそも俺のベッドがロフトの店内に展示されているのかもしれない。朝の光の中むくりと起き上がった俺を、商品を物色していた買い物客たちがじっと見つめる。ずっと前からウチの光景はこんなだったよう思うが、いつまで経ってもこの雰囲気は慣れないものである。ベッドから左5m程にあるエントランスに外まで伸びる階段、そこから客たちがみな出入りしている。大きな店によく客が入っており我が家は盛況だ。

 ベッドを出て起き上がり、寝巻のまま少し近くの雑貨コーナーをぼんやり物色していると(家主とはいえ俺もまたお客様なのだ)、なんだか歩いている場所がいつの間にかヤマダ電機の店内になっていた。我が家はヤマ電でもあるらしい。携帯契約コーナーのイスに腰掛ける父親が俺を呼ぶ。座るとテーブルの上の何かを飲みながら、俺に向かって一人で何かをボヤいている。いつもだったら聞き取れるような話が、今は何も聞き取れない。一通り話を聞き会話を断ち切るよう立ち上がった俺はする事もないが故に一人ふらふら雑貨や謎の文具たちを見物することしか出来なかった。

 ベッドの近くに戻るとプラモデルの箱があった。「こんなの見たことないな」。初めて見たパッケージを開け中身を見ると美しいプラスチックのランナーが出てきた。ピンクがかった肌色、赤色のスチロール樹脂で成形された何かしらのキャラクター、もしくは誰かしらの人間の組立キットだ。血色のよいパーツのその成型色を、天井の光に透かし俺はただひたすらにうっとりと眺めていた。初めて手に入れたオモチャを眺める子供の眼差しに俺の眼球はどんどん形が変わっていった。

 部屋が揺れる。地震だ…。ゆーっくり、ゆ~っくり横に部屋が揺れる。古い振り子時計みたいな揺れに心地よささえ感じた。意識を自分に戻すと俺はベッドの上だった。そうか、アレは夢か。

 車に乗っている。型はわからないけど古い高級車だ。運転しているのは中学時代の友達。あ、俺は確かどこかに友達4人で飲みに行くんだった。夕方、どんよりとした鉄色の空の下を車はひたすら真っ直ぐに進んでいく。道沿いの砂利の敷かれた駐車場にバック駐車し、二人で車を降りた。「これ、お前の親父の車だろ」。「こんなカバーかけてたらわかるよ」。その車にはご丁寧にレザー製の巨大なカバーが厳かにかけられていたのであった。彼は少し照れているようだった。

 店までの道を彼と話す。他愛もない話。しかし、本当に何も理解ができない。本当に何を言っているのかわからない。無難な相槌を返す。「わからない」などと言って彼を傷付けたくないのだ。彼と会うのは本当に10年ぶりくらいだ。どうして急に、こいつと飲むことになったんだろう。日は知らぬ間に沈み、空の鉄色が寒い濃紺色に変わる頃、俺たちは店に着いた。やけに看板の赤いネオンが眩しい、不思議な外観をした場所だった。

 入口の真左、外のコンクリート地の床の上にその丸テーブルはあった。中学の同級生だった女子、そしてその横には高校の時好きだった〇〇さんがいた。〇〇─!数年ぶりに見た彼女は過去の美しく情けない記憶と寸分違わず、相変わらず愛くるしいクシャっとした笑顔で俺たちを迎えてくれた。いざ座ろうとすると俺のスツールは自分の首の高さ程の場所に座るクッションが用意されていた。自分の胴体よりも高い座席、どう考えても人間の座れる椅子じゃない。メチャクチャだ。どうにか登ろうとして結局椅子が倒れそうになって座れない、という道化を演じた。あまりのバカバカしさに4人は大いに口を広げ、笑った。

 彼女のことが好きだったのかさえわからなかった自分。というよりそうした「好意」そのものに罪を感じ封じ込んだ自分。キレイサッパリ忘れて清算したはずの過去から彼女はやって来た。今、こうして目の前に。彼女が今何をしているのか、どこで暮らしているのか、今、誰を愛しているのか。そんなことを聞く余裕、そんな質問を思い付く余裕はない。こうして今この場所で会って”しまった”ことを食事と共に祝福し大いに感傷に浸るしか為す術は無いのだ。相変わらず彼女は、美しい。彼女との会話は楽しい。しかしただ楽しいだけで、今この年になった彼女が俺に何を話しかけているのか、何に微笑んでくれているのか、それを全く理解することが出来ない。俺は笑う。何を話しているのかわからないのに、笑う。笑う。俺は醜いのではない。ただ、お支払い済であるはずの過去が急に払い戻しされた事に驚き戸惑い、話が理解できないという引き裂かれそうな辛さを笑顔の彼女に対しカモフラージュするためこちらも楽しく笑顔を作っているのだ。

 楽しい 悲しい ○○が今話していること

 それをどうしても理解したい

 悲しい 

 こんなことがあるのか──

 ぐぅら、ぐぅら。ぐらぐらぐら。地震だ。部屋が揺れだした。意識を戻すとベッドの上。今度は長く、異常にもったりした揺れが続く。まるで原始の記憶の中の揺り籠のように、愛のある母親の腕の中のように、しかしふとした瞬間母は怒りの形相で揺り籠に入った私を左右に、左右に、永遠を感じる程の時間揺さぶり続ける。…長い。長い。もう5分以上も経った気がする。この揺れはいつまで続くんだ。

 目覚め。ベッドの上。緩慢な瞼に動かない四肢。部屋を照らす朝の光。さっきもこんな景色だった。「これも夢なのか?」。夢かうつつか不明瞭なまま、携帯電話をポチポチ、こんなやるせないメモを何のためか書き綴る。

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