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目の前に、大捕物

高校生の頃、僕は学校の帰り道に本屋に向かっていた。

本屋が見えてくると、その店の前には人だかりが。

特別セールが催されていそうな活気とは違う、異様な空気。

人だかりたちは本屋に入ろうともせずに立ち止まっている。

だけど僕は本屋に入りたい。

すいません、と人だかりをかき分けて、本屋の入口に向かった。

そこには沢山の警察官が、一人の男を取り押さえていた。

背後から、その場の伝言ゲームのように聞こえてくる野次馬の声。

「逃亡してる空き巣犯だって!」

取り押さえられている男は床にうつ伏せにさせられているのに、警察官に何かを訴えているのか、顔だけ振り返っていた。

取り押さえている警察の邪魔にならないよう、野次馬たちは少し引いた場所から見ていたが、事情を知らずに本屋に入ろうとしていた僕だけは、その男の目の前まで来てしまっていた。

色黒でガタイが良く、たった今頭から流れ始めたであろう血がギラギラ光っていて、悔しそうな、この世の全てを憎んでいるようなまさに鬼の形相の男と目が合い、僕はギロリと睨まれた。

もしも今この瞬間、警察だけが消える手品か魔法がかけられて男と僕と野次馬だけの世界になったら、僕が真っ先に襲われる、絶対にあり得ない恐怖が降り注いできた。

それほど、男の顔は、形相は究極的だった。


僕は治安の良い街で育ったので、目の前で大捕物が繰り広げられるようなことはこの一度しか経験していない。

その一度を、ただの野次馬ではなくうっかり目の前まで来てしまう所が、いかにも僕だ。

テレビを見ているような、いないような、たまたま付けていた時に、2ヶ月ほど逃亡していた犯人が逮捕される映像が流れた。

すっかり忘れていた高校生の時の記憶が一気に蘇った。



人は、辻褄を合わせたくなる。

勉強をして良い大学に入らなければ、いつか人生の辻褄が合わなくなるんだろうな、

不景気の時代に投資の知識がなければ辻褄が合わなくなるかもしれない。


罪を犯す者も、法に触れないと辻褄が合わない、逃亡しなければ辻褄が合わない。

何か、そんな心理が人を良い方にも悪い方にも導いているような気がしている。

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