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silent 6 解釈:同じことと違うこと

私は生まれてからずっと悲しいわけじゃない

悲しいこともあったけど、嬉しいこともいっぱいある

それは、聴者もろう者も同じ

あなたも同じ

silent #6 奈々の筆談

想と奈々の出会い

 同じことに目を向けるとき、人は共感することができる。
 想(目黒蓮)が、誰かに聞いて欲しかった不安を初めて打ち明けたとき、奈々(夏帆)は静かに話を聞き、「音がなくなることは悲しいことかもしれないけど、音のない世界は、悲しい世界じゃない」「悲しいこともあったけど、うれしいこともいっぱいある…あなたも同じ」と筆談で想に伝える。
 聴力が落ちていくなかで初めて経験した、悲しかった出来事に共感してもらえることが、想を強く安心させた。そうして、奈々は想の高校卒業してからできた唯一の大事な友達になった。

線を引くこと

 しばらく日が経って、想と奈々はカフェにいた。そこに、奈々のろう者の友達、美央(那須映里)が現れる。
 美央から、他にも友達が来ること、想に友達がいないと奈々が心配していたことを聞くと、想は逃げるように外へ出る。追いかけてきた奈々に、想はろう者の友達を作ることを拒否するようなことを言ってしまう。
 想にとって、だんだん聞こえなくなっていくことに不安もあり、まだまだ受け入れられずにいる時期だったのだろうが、ろう者と一緒にされたくない、と捉えられる言い草で、奈々を傷つけてしまう。

同じだと言ってくれてあんなに安心したのに、都合よく自分は違うと線を引いた。聞こえる自分が忘れられなかった。

聞こえる人とも聞こえない人とも距離を取った。近づくのが怖かった。

silent #6  想の回想

ろう者の友達の輪に入り、聴者との間に線が引かれるのが怖かったのだろう。そして、聞こえる人に近づいて線を引かれてしまうのも怖かったし、聞こえない人に近づいて線を引いてしまうのも怖かったのかもしれない。

図書館での静かな二人だけの世界

 それでも、奈々は唯一の友達として、想と話をし続けた。手話だけで話ができるようになった頃には、奈々は想のことを好きになっていたのだと思う。想は「奈々と手話だけで話せるようになるのを目標にして手話覚えた」「奈々にだけ伝わればいいから」と、奈々の教えた手話で話す。
 
 おそらくこのときから、今度は奈々が、想と自分だけを囲んで、周りに線を引いたのではないだろうか。
 
 想の聴者の友達である湊斗(鈴鹿央士)から電話が来たときには、「いやがらせだよ、着信拒否したら」と言って、聴者から想を遠ざけようとした。
 自分のろう者の友達である美央から想の話題を振られたときには、脈もないし、好きでもないふりをして、想の話題を遠ざけた。
 
 想が聴者でもないろう者でもない線の内側にいる間は、奈々だけが、奈々にだけ伝わればいい手話で、想と話すことができた。恋がいっこうに進展しなくても、その線の内側にいれば二人でいることができた。

線を引き直す

 しかし、突然、想が昔の恋人、紬(川口春奈)と再会し、不意に想は聞こえる人に近づいてしまった。想が”その線”から外へ踏み出そうとするとき、奈々は想と聴者の間に線を引き直そうとする。
 想が「最近よく二人で会う人がいて」と紬のことを話し始める。「ずっと奈々の気持ち無視して曖昧にしてたけど」と想が奈々との関係に触れ始めると、奈々は、それを聞かずに遮るように「迷惑かけると思うよ」「想くんのこと可哀想だから優しくしてくれるだけだよ」とまくしたてる。中途失聴の同じような境遇の女の子を探して、恋愛した方がいいんじゃないか。「あの子(紬)に聞こえない想くんの気持ちはわかんないよ」と、聴者の紬と想の間に線を引き直そうと、必死に想に訴えかける。しかし、その線は、聴者でもろう者でもない想と奈々の間にも引かれてしまう線だと、想に諭されてしまう。
 奈々の言葉は、もしかすると、自分が聴者と恋をしていたときに周りから言われたことかもしれない。これらの言葉は、春尾先生(風間俊介)が初めて湊斗と居酒屋で出会ったときに語った、ろう者と関わる聴者が持たれる偏見と対をなしているように見える。聴者と関わるろう者は、ろう者から「迷惑かける」とか「可哀想だから優しくしてくれるだけだよ」とか言われることがあるのかもしれない。
 奈々は悲しそうな表情をしたあと、開き直ったように「そうだね。私も想君もあの子も誰も分かり合えないね。」と言った。
 
 "同じこと"に目を向けることで、想の不安を取り除き、想との関係を深めた奈々が、想との関係を繋ぎ止めるために、"違うこと"に目を向けて線を引かずにいられない状況が、辛い場面だった。

同じことと違うこと

 想が離れていってしまう危機を感じた奈々は、意を決して、少し話をさせて欲しいと紬に声をかける。奈々は紬に、夢に見た憧れの話をして、やんわりと想のことが好きだということを伝えた。まっすぐ見ようとする紬と対照的に、奈々は紬の目をまっすぐ見ることができない。涙を堪えきれなくなり、奈々は店を出た。
 歩きながら泣いてしまう奈々を遠くから見つけた想が、奈々に電話をかける。電話に気がついた奈々は見えるところに想がいるのかと、周りを探す。横断歩道の向こうから渡って来た想が、手話で「どうしたの」と尋ねる。返事をする代わりに奈々は、夢が現実になることを祈るかのように電話を耳へと運び、想を見つめる。
 初めて出会ったときと反対に、奈々が「話したいって顔」をしているように見えた。奈々の切実な行動は「こうやって電話で話ができていれば、私のことを好きになってた?」と想に問いかけているように感じられる。
 
 手が塞がると手話がしづらいから、かわいいハンドバッグがあっても買うのを躊躇する。恋が叶っても、手を繋いで歩きながら会話できない。電話で話すことはできない。”違うこと”に目を向けるとき、人はできないことを羨んでしまうことがある。
 そんな奈々の憧れを聞かされたあとの私たちは、一瞬、”違うこと”に目が奪われ、憧れに手が届かない奈々に可哀想だと同情してしまうかもしれない。
 でも、私たちが深く心を揺さぶられている理由は、きっとそうではない。私たちが心揺さぶられているのは、奈々が向き合っている"失恋の残酷さ"だ。それは、ろう者も聴者も経験する"同じこと”だ。
 聴者もろう者もそうでない人も、多くの人が同じように経験のある残酷さに、私たちは共感してしまうのではないだろうか。

静かに話を聞いて欲しかった

 8年前、別れる前に最後に紬と会ったとき、話したいことを話しづらそうにする想を思いやり、紬は先回りして慰めの声をかけた。
 想はきっとこのときも誰かに不安だと言うことを聞いて欲しかった。
 しかし、明るく笑う紬を見て、想は不安を打ち明けることが出来なかった。このとき、想の不安を静かに聞いてあげられたのは、紬ではなく奈々だった。
 出会い直した今、想の言葉は、聞くのではなく見ることで受け取ることができる。
 まっすぐ見てくる紬に、想は今度こそ言葉を伝えることができるのだろうか。次回も楽しみだ。


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