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4本の指

イン・ザ・トレイン

いつも通りの駅に向かって、いつも通り(より少し早い)電車に乗り込んだ。

電車が7分も遅延していたので、陸上選手の短距離走のように疾走した私は拍子抜けした。

本当はどこかに腰掛けたかったが、一度座れば最後、もう二度と立ち上がれない気がしてやめた。

村上春樹氏の「パン屋襲撃」を呼んでいた。ちょうど、主人公が妻にレストランに行こうと誘い、妻がそれを断ったところで電車がやってきた。

電車が大量の人を吐き出し、大量の人を呑み込んだ。

私は偶然にも席に座ることができた。

席についてしばらくすると、ドアが閉まり始める。

その時だった。4本の指が私の目の高さの位置に現れた。

その手は、扉に挟まれ、身動きが取れないのにも関わらず、平然としていた。

指の関節はピンと貼っていて、所々ピンク色に染まっていた。

扉が慌てて開くと、何事もなかったかのように、40~50代くらいの短い白髪の男性が、カチッとしたスーツを身に纏って入ってきた。

もしも、扉が開かなかったらどうしたのだろう。そう、私は考えた。

もちろん、JRを信頼していないわけではない。あくまで、万が一のヒューマンエラーが起きた場合の話だ。

彼は「もしかしたら扉が開かないかも」というところまで、想像したのだろうか。

考えずに、ただ手のひらを扉の隙間に挟んだのだろうか。

私は自分の身に起こる不運をなるべく減らしたいし、回避したいと考えている。

電車の中でも、脱線した場合、どこに居れば助かる確率が高そうなのかも、念の為想像している。

臆病な私からすれば、電車の扉に手を挟む行為はかなり思い切った事のように感じる。

良いとか、悪いとかではなく、そう感じるだけなのだ。

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