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双方向


パスピエ ツアー2021 KAIKO
2021.07.03 名古屋
2021.07.04 大阪
2021.07.11東京

私はずっと、アーティストと聞き手の距離の遠さが好きだった。自分が音楽を聴いて、ライブに行くようになって何年か経つ。数年で自分の置かれている状況も立場もどんどん変わって行く。変わり続けて行く私の生活の中に、パスピエの音楽はずっと、当たり前に、存在していた。
私は当然メンバーと関わりは無い。どこまでいっても、結局我々は他人でしかない。私はパスピエメンバーのライブの顔しか知らないし、メンバーは私のことなんて知りもしないだろう。
そして、そこが、音楽の好きなところなのだ。
私がどうとか、あなたがどうとか、そういったバックグラウンドや過程は無関係に、この曲を、この音を、パスピエが愛してくれていること。そして私も同じくその音を愛していることが、すごく単純だけどすごく大きなことだと思う。作り手と聞き手の間にあるのは、人間関係や私情ではなく、ただ音楽だけだ。そういった、作り手と聞き手との良い距離の遠さが私は好きだった。

だけど、このツアーで何度もなっちゃんは「ライブができなくて、みんなに会えなくて憂鬱だった」「今までは自己満だと思ってたけど、思ってたより私、ライブが好きみたい」「生きていこうって思えるよ」「制作の方が好きなのかもと思ってた時期もあったんだけど、同じくらいライブも好きなんだ」「だから今日、とても楽しいです。ありがとう」と話してくれた。それが、私にとっては何よりも衝撃で、そして涙が出るくらいに嬉しかった。他人だと、私たちの間にあるのは音楽だけだと、聞き手はそれを咀嚼するしかできないと、そうずっと思っていたが、あぁ、私が嬉しいとなっちゃんも嬉しいのか、とぽかんと口を開けてしまった。奏でる。聞く。ずっとずっと一方通行の行為だと思っていたライブが、こんなにも双方向だったのか気付かされたツアーだった。オレンジで観客に立って!と呼びかけた成田さんも、Q.で唸るように全身でベースを弾いていたつゆさんも、チャイナタウンでいつもステージ前まで来て客席を見ながらソロを弾いてくれた三澤さんも、聞き手の喜びを受けて、楽しくなったり、嬉しくなったりしてたんだ。それがたまらなく幸せで、あの2時間が、あの空間が、かけがえのないものだと思った。

作り手と受け手の間には音楽しかない。その事実は変わらないし変わるべきではない。それでも、音楽を通して、ライブという場で双方向のコミュニケーションができるんだ。私が救われた分、自分も救うなんてことは烏滸がまし過ぎるが、今日のライブが、KAIKOツアーが、パスピエメンバーにとってもかけがえのないものになっていればいいなと思う。

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