見出し画像

悩んだ者負けの世界

テレビがまともに見られない時期があった。家に帰ると、真っ暗の部屋の中で台所の薄暗い電気だけを付けて、何の音も発さずにただ床に座り思い耽る。疲れすぎている時は、玄関に座り込みそこから動けない。何も考えられないけど12時以降何も食べてなかったことを思い出し、約10時間後にやっと何かを口にする。何とか道端でたどり着いたコンビニで買ったお菓子を一つまみし、コンビニスイーツを口にし、壁にもたれかかって虚無の中を泳ぐ。しばらく動けない。周りの住人の生活音がしても、何も感じない。
生きているのか、死んでいるのか、はたまたどちらでもない世界にいるのか。こんな風になるまで、ただひたすらにお金のために働いて神経すり減らすことに意味などあるのだろうか。意味なんて考えない方がきっと生きやすいんだろう。ニュースはLINEで見れるし、職場の世間話にも大体はついて行けていたから何も思わなかったけど、家に帰って何の感情もわかず、ただ静かに無になって過ごすことが異常だったんだといまさらになって気付く。
私は無理をし過ぎていた。職場に行けば、嫌でも無理をしなければならない。人の命がかかっているのだ。そんなにすぐ生き死にするような人たちばかりじゃないが、それでも体一つの私をお構いなしに皆が皆好き勝手に要件を要望を訴えるせいで私は人間が嫌いになった。こんなにも配慮ができなくて、空気が読めなくて、自分本位で、そんな生き物の何がいいのかって思った。自分の限界などとっくに超えていた。頑張らなきゃいいのかもしれないが、頑張らない方法が分からない。かっこつけているわけではない。そうやって生きる以外の方法が分からないのだ、この年になってもなお。
手を抜くとかちょっとずるをするとか、ショートカットしてみるとか、曖昧でいいやとかそういう上手さのかけらもないんだよね。それでもって不利益を被り、不器用さに悲しみ、自分の性格に苛立ち、人間自体を嫌いになる。悩んで悩んで悩んで、死にたいなと漠然と思って、こんな自分生きてる価値もないよなと思い詰めて、遺書を書いて、首を絞めて見たりどんなロープなら首を吊れるかと朦朧とした意識のなかで見に行ったりして、私はあんなにも追い詰められていたのに、誰にも助けてと言えなかった。仕事を辞めるか、休むか、死ぬかの選択のなかでやっとの思いで心療内科にかかり、副作用と闘い、死にたいを連呼しながら毎日息を吸って吐いて仕事へ行き、休みの日は死んだように寝て、身内にも会社の仲間にもこのことは一切言わず、ここまでやってきた。先日、職場で突然休職すると言って居なくなってしまった人がいて、その人のことで周りの人たちが好き勝手なことを言っていた。予兆があっただのなかっただの、様子が変だっただの。分かる人にしか分からなくていい。そうやって掘り起こして、楽しいんでしょうか。そっとしておくということのできない人間という生き物が心底嫌いなのは変わりなかった。私は人が嫌いで、時々期待もしてみてはすぐにその期待は泡となり、ますます人が嫌になる。そういう私も人間で、だから気の合う誰かと一緒にいても、ずっとはいられないな、ましてや共同生活や子どもを育てるなんてことはできないな、と思っている。臆病なので、相手の期待を裏切るだろうと思って自ら離れていく。ある程度近づいてから幻滅されるより、こちらからきれいに退散したほうが立つ鳥跡を濁さずというものだ。そうやって、逃げるは恥だが戦法でこれからも生きていくのだろう。

いつの間にか、テレビは見れるようになった。帰って来てから仕事を振り返って一人反省会をすることもあまりなくなった。反省会をし始めるとそのうち自分いじめが始まるので、不毛なのだ。振り返ろうとする意欲をほめるだけにして、後はもう置いておく。とことん落ち込みたいときだけ落ち込んで、後は酒を飲むなり風呂につかるなり、気を紛らわすしかないのである。
もう一つ、変わったことといえば、テレビを見ながらひっくり帰るほど笑えるようになったこと。独り言が増えたこと。前は笑えなかった。家で一人で笑うなんてしゃべるなんて1秒もなかった。ここまで回復したのは、多分、日光と、食事と、叶わない恋だけを追いかけることにしたことと、周りだけじゃなくて自分にも期待しなくなったことのお蔭だろう。
ただし気を抜くな。いつあのどん底にまた戻されるか分からない。その時はきっと死ぬだろう。生きてても死んでても変わらないのなら、どうせなら楽しく悔いなく誰の目も気にせず好き勝手にやって好き勝手にいなくなりたい。私はいつまでこの空元気を維持できるのだろうか。早く寝ないと。