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ドラマ評|『BEEF/ビーフ』 自分にないものを相手に求めるから「ディスり合い」が勃発する

 「BEEF」とは奇妙なタイトルだ。もちろん牛肉という意味ではない。英語のスラングで、相手を貶し合う「ディスり合い」という意味があるという。あるいは「不平不満」。“What’s the beef?”と言うと、「何が不満なの?」という訳語になる。
 
 制作は、映画『ミッドサマー』で知られる「A24」。Netflixでの配信直後から高評価を得て、第75回エミー賞を受賞した。リミテッド/アンソロジー作品賞、主演男優賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞等々。すごすぎる。そんなわけで、期待してドラマを見始めた。
 
 主人公のダニーを演じるのは、韓国系のスティーヴン・ユァン。映画『バーニング劇場版』でのクールな金持ち青年役とは違って、建設請負業を営むぱっとしない男を演じている。その相手役となるのは、成功した女性実業家のエイミー。演じるのは、中国系の有名なコメディアン、アリ・ウォン。アカの他人だった二人は、些細なことからホームセンターの駐車場でトラブルになり、お互いを敵視して壮絶な「ディスり合い」が始まる。
 
 人生がうまくいかないダニーが「怒り」を抱えているのは理解できるが、なぜ成功してリッチなエイミーも「怒り」を抱えているのか? 彼女は仕事に没頭しすぎて、自分の人生が台無しになったことに苛々しているのだ。エイミーの夫は日系で、裕福な美術家の息子だ。妻の葛藤をまるで理解しない能天気な夫も、エイミーの「怒り」を増幅させている。
 
 このドラマは、アメリカにおけるアジア系のコミュニティが舞台になっている。そのコミュニティを取り巻く、うっすらとした人種差別的な構造も、ダニーとエイミーの「怒り」を煽っているように見える。でもこのドラマの主題はそこにはない。多様性を強調したドラマではない。舞台が何系のコミュニティだろうと、この「怒り」の物語は成立するはずだ。
 
「ディスり合い」は、お互いを過剰に意識することから勃発する。たぶん、自分にないものを相手に求めてしまうのだ。二人はそれぞれの「怒り」を抱えつつ、相手を打ち負かそうとする。相手を屈服させてしまえば、「怒り」は消え去って、悩みごとはすべて解決すると思い込んでいる。でも、そんなことは起こらない。なぜなら、ふたりは似た者どうしだから。
 
 このドラマ、だんだんアクションが加速していく。最終話に向かう過酷な状況は、『ベター・コール・ソウル』のサバイバルのエピソードに似ている。(荒地で喉の渇きのために自分の尿を飲む回)。ある情報によると、「BEEF」シーズン2の制作が予定されているという。どんな物語になるのか、まるで予測がつかない。「怒り」が消え去った後の二人にどんな存在価値があるというのか? それとも新たな「怒り」の種を見つけるのだろうか。
 
 ドラマを見終わって2〜3週間たって、自分がモヤモヤした「怒り」を抱えていることに気がついた。その「怒り」の対象が何なのか、よくわからない。「怒り」には伝染性があるのだろうか? まるでウイルスのように。とにかく今度、気に入らない出来事があったら、“What’s the beef?”と心の中で呟いてみよう。それで少しは気が晴れるかもしれない。
 
(2023年 アメリカ/TV番組 ショーランナー:イ・サンジン Netflixで視聴可能)

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