<祝・復刻版発売>特攻の拓 音楽論

 以前よりたびたび私が主張している「特攻の拓は音楽である」ということを復刻版発売の機会に言語化しておきたいと思う。真面目に読まないでください。
 特攻の拓の詳細はここでは説明しません。

特攻の拓は音楽だ

交響曲的、各勢力の重奏

 特攻の拓(以下、ぶったく)はもちろん漫画である。漫画であるが、通常の漫画よりも読みづらい・内容が分かりづらい・カオスな印象を受けることは一度読んだ方にはお分かりいただけると思う(しっかり理解するのに私は3周を要した)。この「読みづらさ」は、複数のイベントが同時多発的に発生している状況を、何の説明もなく一話の中に並べているゆえだと考えている。ぶったくでは「一方その頃」などのト書きや、登場人物による説明セリフがほぼない。
 ぶったくでよく見る展開として、イベントAが横浜のa地点で発生し、同時にイベントBが横浜のb地点で発生している状況が、1話の中で連続して描かれる。そのままイベントAまたはBのどちらかが片方に合流し巨大なイベントCとなりなんやかんや収まる。イベントA・Bが描かれる中では、読者はa地点とb地点がどこかは説明がないので、両イベントがそれぞれ発生している事実のみ理解する(地理・時間の距離は伝わらない)。その後イベントA・BがイベントCとなった時点で読者はA・Bが同時に発生していたものだと理解するが、途中経過の説明不足によりイベントCの記憶が強く残り、イベントA・Bからの一連の流れは読者自身が頭の中で再構成しないと理解しづらい。また、忘れた頃にイベントAの続き(報復、制裁など)が描かれたり、イベントA・B・C時の別の勢力の話が描かれたりするので、余計に全体の流れが分かりづらくなっている。
 そもそもの話として、ぶったくは主人公である拓が何か目的をもって進むストーリーではなく、拓が何かに巻き込まれる形で話が展開する。拓自身は物語のハブ(中心・集約点)であり、実際に目的をもって動いているのは周りの登場人物・各勢力である。
 すなわち、周りの登場人物たちの方に合理的なストーリーが存在しており、これが同時多発的に動いている様がまさに音楽――各楽器のパートがそれぞれに旋律を奏で、交響曲を構成するような状態であると感じるのだ。そしてそれぞれの旋律に注目したときに初めて物語が理解できるというのが音楽的な魅力だと思っている。

余談1:ぶったくの漫画としての「カオスさ」はまさに拓が感じている混乱を理解するにはとても良いと思う。全話読み終わったときの「なんだかよく分からないが凄かった」という印象は恐らく拓が過去を振り返ったときの感情に近いだろう。
余談2:複数の登場人物のそれぞれのストーリーが展開する、という形は一般に群像劇と呼ばれると思う。しかしぶったくの場合、群像劇と言うにはあまりに混乱しており、また、基本的なエピソードの主眼は個々人ではなく勢力(族・チーム)なので、群像劇とは言いづらいと感じる。

物語の通奏低音としての「音楽」

 実は通奏低音(もしかしたら単に原作者の趣味ということが事実かもしれないが)としてぶったくの物語には常に音楽が関わっている。
 何かというと、主要キャラクターのひとり・天羽セロニアス時貞の存在である。そもそも天羽は、外道の秀人と並んで物語の中で特別な存在として描かれており、ぶったくの前半の主人公といっても差し支えないと思う。天羽は自身の音楽を追求することを生きる目的とし、物語の中盤ではついに自身の音楽を手に入れた。そして、天羽の周囲の登場人物として、バンドtruthのメンバーである桜宮、平蔵が天羽のミュージシャンとしての側面を補強しており、また、それぞれ拓ほかの登場人物との絡みでは族ではないが喧嘩のできる貴重な人材として話を彩っている。さらに、天羽の彼女である優理、同級生だった麓沙亜鵺の緋咲、そして天羽と組んで三鬼龍として暴れているヒロシ・キヨシもそれぞれ拓と絡みがある。
 加えて、物語の後半・天羽が退場した後に登場する一色大珠は、天羽の音楽に触れて精神に変化をきたした背景をもつ。ぶったくは本編以外にも外伝的漫画および小説版が複数存在するが、天羽はぶったく本編の一年前を描いたアーリーデイズでは特にフィーチャーされている。最後に、本編の十年後を描いたアフターディケイドでは、各登場人物がいまだ天羽の存在を意識しており、極めつけに鰐淵がレコード会社の社長として登場しアフターのオリジナルキャラクターであるミュージシャンを志す少年を囲んで再び音楽に関連する物語が描かれる。
 こうしてみれば、いかに天羽および音楽が物語に関わっているか、天羽を中心とした相関図と拓を中心とした相関図が混沌とした物語を呈しているか分かる。天羽≒音楽の象徴とすれば、ぶったく全体に「音楽」が流れていると感じるのは容易である。

余談:音楽の中でもロックは元来不良性を帯びたジャンルであり、若者が社会に反抗を表明する手段として自然である。そのため不良漫画に音楽が出てくることは全く違和感がないが、バンドマンが出てくる不良漫画は他に爆音列島しか思いつかない。

溢れる感性

 これはややこじつけだが、「不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまった」「ドエレー“COOOL”じゃん……?」等の名言は文学的表現には見られない、歌詞的な感性であり、ここからも通常の漫画とは異なる音楽的自由さを感じる。

 ぶったくがいかに「音楽」であるかということについてここまで述べてきた。色々こじつけてきたが、しかし原作者が音楽に対して期待をもっていることは確実なので、ぜひ他の読者にもぶったくの中で描かれている音楽を感じてもらいたい。
 なお既に述べている通り、本編を一度読んでも物語の全体を理解しづらい構造であるため最低3回通して読むべきである。さらに、アーリー、アフター、小説版外伝および小説版続編をすべて読まないと各エピソードの経緯が補完されないので、既刊はすべてを読むことをお勧めする。本編以外も増刷するよう講談社には祈っている。

 末筆となりますが、この度は復刻版発売決定おめでとうございます。今後も電子書籍はなくても良いのでタイムリーに増刷してください。


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