田舎の踊り手

大学合格を期に地元を離れた。
地元の村は物心ついた頃から行事に奉ずる踊りを習う。私の家は踊り手の講師として父が舞型の手本を公民館などで教えている。そんな家に数年越しで帰ったら、主観では折り合いの良くない父が腕を組んだ仁王立ちで出迎えてくれた。家の玄関の前だ。
「舞型を見る」
久々に再会する娘に易々と敷居を跨がせてなるものか、そういう気概があふれでていた。
帰郷して家にも入れて貰えず荷物だけ取られて公民館送りとなった。同じく帰省していた弟はいつの間にか運転免許を取得していた。田舎暮らしで遠距離の移動手段は必須なので大学卒業後は村に帰ってくるつもりだろう。
記憶とは少し変わった公民館は、記憶にあるものとは色が変わっていた。中に入ると蛍光灯がLEDに交換され、壁は塗り直され、弱って凹む場所があった板敷きの床まで真新しくなっていた。久々に踏んで遊べるかと思っていたのに残念だった。誰かが誤って踏み抜いたんだろう。
さて、弟に舞型を見せる。父は出迎えて早々に飛び出してきた母に何かを叱られて家で大人しく留守番である。見た目は背が高いのもあって怖そうだが私より小柄な母に逆らえないのも相変わらずだ。
弟の方が踊り手として優秀だが、父は私の前で弟が踊ることを禁止している。それほど弟が大事なんだろう。成人してようと息子のことは大好きなようだ。踊りと同じくらいに。
私も踊りは好きだ。身長と踊り好きは父から受け継いだと思っている。
弟が自分より上手に踊れても舞型をなぞることは楽しいことだった。それが型通りすぎてつまらない動きだと言われても私にはこれが楽しい。
「俺も姉さんに見てほしい」
披露が終わって、広い公民館の真ん中で姉弟らしく近況報告をしていたら弟がこぼした。
「父さんにばれたら面倒だからやめなさい」
「そうだけどさー」
「あんたの方が上手だよ」
「みんなそういうけど、姉さんの舞型は動きがわかりやすいんだよ。もっとちょくちょく帰ってきてよ。一緒に教える側に回ってほしい」
「嫌だよ。一緒に教えてたら父さんに怒られたじゃん」
「あれは不可抗力」
「あんたは大事にされてるの。父さんは優秀な息子のあんたを大事にしてるの」
「そんなの、姉さんの方が大事にされてるし」
弟の声が尻すぼみになる。
「おまえの踊りで姉さんの舞型を歪めるな、とか言って私にだけ踊らせる父さんの意地悪の話してる?」
「あ、やっぱ知ってた?」
「都会の煩さに慣れたら隠す気ないのかって笑えるくらいハッキリ聞こえたし~、玄関の戸も閉めてなかったし~、嫌がらせにしては露骨になったなーって感心したけど」
我が父ながら愉快なほど脇がお粗末すぎる。
「父さんは悪気ないよ」
「知ってるけど、言い方ってものはある。私があんたの舞型真似してもあんたの踊りにはならないじゃない。それくらい知ってるのよ」
弟の目が泳いだ。
「えっと、姉さんもしかして俺の踊り真似したりとか」
「した」
驚いた弟の目には普段通りの私に見えることだろう。真似してみたのは弟と一緒に行事で踊ったあとだった。年に数回ある奉納の踊りを姉弟揃って舞台に立っていた頃だ。弟の踊りは群を抜いていた。体が出来上がる頃には大人に混じって舞台に立った。私は子ども会、未成年を集めた地域コミュニティの年長者にしかなれなかった。その頃にはただ踊るのが楽しいって思ってたから弟への劣等感はそこまで大きくない。
「舞型は同じでも、同じ親から生まれても、感性は違うし何より他人だから、上手に踊れるあんたと比べる人もいなかったし。あと私の世代って別の踊りに傾倒して舞型ぐちゃぐちゃなのばっかりだったから下の子見てたの私だったんだよね」
「そういやあの頃、保育所から父さんの怒鳴り声がしたって」
「行事そっちのけでヒップホップ流して年少組の練習邪魔された時のかな」
「それ、怒られるヤツじゃない?」
「そうなんだけどね~、私だけじゃ人数多くて止められないから父さんに言いつけて追い出して貰ったんだよ」
「あーね」
「したら父さんが全員の親呼んで」
弟の口がひきつった。
「その場で公開説教大会はじまって、その日は練習にならなかったよ」
弟が吹き出して撃沈した。
一連の流れは地域行事を蔑ろにすると大人が怖いという見せしめ逸話として年少組の気合いを入れたらしい。
「俺知らない」
「そりゃそうよ。あんた公民館だったもん」
保育所と公民館にはそれなりに距離がある。父は弟と練習参加中だったが、勝手知ったる保育所の置き電話から公民館にかけて呼び出したのだ。あの頃は色々あって練習に付き添う大人がいない日もあったから起こったことだった。
「前から気になってたんだけど、姉さんと父さんって、なんで喋らないの?」
「意志疎通の必要ないから?」
「目を見ればわかる的なヤツ?」
「別に目を見なくても不機嫌だろうなとか機嫌良いなくらいわかるでしょ。父さんわかりやすいし」
「それって凄くない?」
「一瞬で父さんのこと黙らせる母さんのが凄いし?ちょっと待って、もしかしてあんた父さんの機嫌とか気づけない?」
「さすがに笑ってたら機嫌良いのはわかる」
「は?食事の時に最初に何選ぶかで気にしてることがあるとかないとか話題の方向性迷ってるとか」
「父さんがそんな複雑なこと考えながらごはん食べてるって考えたこともない」
弟の言葉に自分がおかしいのだろうかと首をかしげていると弟の鞄から振動音が聞こえた。
「母さんが帰ってこいって」
「そんな時間か」
「てか、姉さんお昼は」
弟の声を遮って立ち上がった私の下っ腹が空腹を主張した。
「食べた?」
「梅おにぎり」
「弁当屋の?」
「コンビニだけど」
「絶対足りないじゃん!こんなときに飴しかないし」
「いいよ、すぐご飯だろうし」
「いいから食べる!」
姉弟仲は悪くないと思う。

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