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裕太のこと③

些細な事でケンカをするのは、少年時代が圧倒的に多い。
分別は大人だけの特権で、時にそれは武器だ。

とはいえ僕と裕太のケンカは、いわゆる僕の理不尽な逆ギレだった。
きっかけはファミコンの魔界村。
全国のチビっ子を絶望のズンドコに叩き落したキラータイトル。
よく覚えてないけど、その日、僕はイライラしてたと思う。

僕と裕太、交代で進める魔界村。
その横には妹の鼻垂れ。

何度やってもすぐにゾンビにやられる裕太に、僕のイライラも限界だった。

言わなくても良いような、言って何かが変わる訳でもない言葉を、僕は無差別に裕太に投げつけた。

オドオドと困った顔がどうにも許せずに
「もう遊ばん!絶交や!」
とファミコンを持って飛び出した。
泣きそうな顔の裕太。
その横で思い切りアカンベーする鼻垂れ。
その顔は、今でも結構鮮明に覚えてる。

翌日からの学校の事は、あんまり覚えていない。
一度だけ、図書委員だった裕太の様子を見に放課後の図書室を覗いた。
一人ポツンと沈んでるであろう裕太を想像して、なんとなくしめしめと思う。人間なんて残酷で勝手なもんだ。

図書室のドアからそっと覗くと、裕太は案外楽しそうに女子と話してて、僕の想像は瓦解する。
「なんだよ!せっかく遊んでやろうと思ったのに。もういいよ!」
踵を返して学校を出た。
毎日のように裕太と遊んでた僕は、いざ他の誰かと遊ぼうと思うと、なんだか少し足がすくむ。
結局は、一人でトボトボと帰った事を覚えてる。

裕太と遊びたかった。
底辺の頭脳だった僕でも、自分が一方的に悪い事は分かっている。
毎日少し遠回りして裕太の家の前を通っては行ったり来たりした。
謝るという行為には、勇気とエネルギーと、ほんの少し背中を押してくれる何かが必要だ。
残念ながら僕には、有り余るエネルギー以外には持ち合わせが無かった。

とある月曜日。
月曜日の夕方は、地元に一軒だけのスーパーでジャンプが売られる日だ。
ジャンプは本当は火曜日発売だけど、そこのスーパーには月曜の夕方に棚に並ぶ。僕だけの秘密。
だから毎週月曜は、自転車を思い切り飛ばしてスーパーに急いだ。

裕太のおばちゃんと会った時は、心臓が止まるかと思った。
おばちゃんはやっぱりニコニコしてて、
「すぐ終わるけ、ちょっとだけ待っちょってね」とコーラを買ってくれた。
スーパーの横。自動販売機の前の駐輪場。
おばちゃんは何を飲んでたろう?
何も飲んでなかったのかもしれない。
もうあんまり覚えてない。

裕太のお父さんがトラックの運転手だった事。
昔の裕太はよく喋ってた事。
お父さんが事故で死んでしまった事。
それ以来、裕太があんまり喋らなくなった事。

コーラはいつもより凄く甘くて。
おばちゃんはやっぱり困ったように笑ってて。
「いっつも裕太と遊んでくれてありがとうねぇ。こんなに仲良い友達が出来たけ良かったぁ」
とおばちゃんに言われたら、ポロポロポロポロ涙が出た。僕は、今も昔も泣き虫だ。

おばちゃんはその日、いつもより饒舌で、だけどあんまり僕の顔を見てはなかったような気がするけど、それは僕が勝手にそう記憶してるだけなのかもしれない。

後日、僕は命とプリンの次に大事な、ビックリマンコレクションのヘッドロココ片手に、裕太の家に向かう。
だけど、裕太はヘッドロココは受け取らず、
「僕、魔界村練習するき、ごめんね」
とやっぱり困ったように言うから、
「あれは面白くないき、もう他のやつしよ」
と、ヘッドロココが無事に手元に収まった事に気を良くした僕は言った。
裕太も僕ももちろん子供だったけど、多分、裕太は僕よりも、人も物も繋がりも大事にしていた。
それを大人と表現するなら、裕太は僕より遥かに大人だった。
うまかっちゃんと、ゲームとマンガとほんの少しのイタズラの日常が戻ってきたのが嬉しかった。
ずっと続けば良いと思ってた。

大人になってしばらくして、母が教えてくれた。
裕太のお父さんが、お酒を飲んだら、おばちゃんや裕太に暴力を振るう人だったこと。
だからおばちゃんは親戚を頼って、裕太と妹を連れて北九州から田川市に逃げるように引越したこと。

普段、友達との付き合いには、ほとんど口出ししない母が唯一、
「あんた、裕ちゃんと仲良くせんといけんよ」と、昔よく僕に言っていた事が、なんとなく繋がる。

おばちゃんが僕についた嘘は、自分のためではなく、多分、裕太のための嘘。ついて良い嘘だ。

だから僕は、今もおばちゃんの嘘に騙されたままでいる。

秘密基地が長い草に覆われて
僕らの靴のサイズが変わって
悟空が元気玉を使う頃。

ドラクエのレベル上げに夢中になりながら、
僕らは小学校を卒業した。




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