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なぜ妖怪は”おらぶ”のか

日本昔ばなしの「おらびぐら」

前回まで、和歌山に伝わる“ヤマオジ”という妖怪を取り上げ、高知の妖怪と比較しながらその特徴やルーツを整理してきた。
ヤマオジと高知のヤマジイという妖怪の特徴として、
「大声で吠える」「人間に吠え比べをしかけてくる」というものがある。
吠え比べとは大声の比べ合いで、ヤマオジにもヤマジイにも、「吠え比べを挑まれた猟師が鉄砲を使って撃退させる」話が伝わっている。

この「吠え比べ」について考えていたとき、私の記憶の片隅に、幼い頃に見た『まんが日本昔ばなし』の、あるエピソードが思い浮かんだ。
タイトルなどはすっかり忘れてしまっていたが、わずかな記憶を頼りに調べてみると、わりと簡単に見付けることができた。
まずはその話の内容をご紹介しよう。

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○おらびぐら
昔々、宮崎の話。人里離れた山奥に、谷を背にして炭焼きの小さな小屋があった。ある雨のシトシト降る晩のこと、炭焼きの親父が小屋の中でぐっすりと眠っていた。
しかし親父は悪夢にうなされて飛び起きてしまう。その悪夢とは、親父がいい加減に返事をした約束が果たせなくなりそうで、そのことを炭屋の旦那から「お前の返事一つで決めた商いだぞ」と責めれられる夢だった。
「くそっ業突く張りの炭屋め!」と親父は腹立ち紛れに手元の猪口を投げると、小屋の隅に置いてあった琵琶に当たった。この琵琶は先年に旅の坊さんが、一宿の御礼として置いていったものだった。
親父は再び眠りについたが、しばらくすると、突然「ヨイ!!」と呼ぶ声がした。目を覚ました親父は戸を開けてみたが誰もいない。
妙なこともあるもんだと考えていると、また「ヨイ!」と声がして、いつもの癖で「おい!」と返事をしてしまった。すると今度は「ヨイ!!!」という声が家の中で響いてきた。
親父は操られるように、家中を走り回って「ヨイ!」という声に返事をしていたが、やがて山姥がその姿を現した。この時になってようやく親父は、自分が山姥の「おらびぐら」に引っかかったことに気が付いた。
「おらびぐら」とは山姥の声比べのことで、一度返事をしたら最後、やり負けてしまうと喰われてしまうと言われていた。
「ヨイ!」「おい!」「ヨイ!」「おい!」「ヨイ!」「おい!」
親父は声の続く限りに返事をしていたが、息は切れ喉は乾き、声がでなくなってきた。
もはやこれまでかと思ったその時、声の代わりに琵琶で返事をすることを思いついた。親父は必死になって山姥の声に琵琶を弾きまくって返事をした。
どれくらいの時が経ったか、やがて山姥の姿が消えたのと同時に親父は気絶した。翌朝、親父は小川のせせらぎを聞いて目を覚ました。
「これからはいい加減な返事をしないように気を付けよう」
親父は琵琶を抱きしめながら、そう思い続けていたそうな。
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久しぶりに見てみると、なかなか緊迫感があって面白い話だった。山姥のデザインも不気味で良い味を出している。興味のある人はぜひ見てほしい。
ヤマオジは大声の比べ合いだったのだが、この「おらびぐら」は、「声の出しあい、根競べ」になっている。
同じような「声比べ」でも違いがあることに興味を持ったので、日本の”おらぶ”妖怪の特徴を調べ、その伝承の背景にを考えてみることにした。
前回のヤマオジの番外編ということでお付き合いを願いたい。

おらぶ妖怪たち

まずは、「おらぶ」特徴を持った妖怪について見ていく。ヤマオジとヤマジイについては冒頭で確認したが、ヤマジイと同じ高知県には、名前もそのまま「オラビ」という妖怪の話が伝わっている。

おらび
おらびは昭和の初めごろまで聞くことができた。中平千太郎が米原の男と二人で、葛籠川村の奥、地吉川の山林で炭焼をしていたときのことである。
あるとき、一匹のけものを見つけ、千太郎が「あれ、ウサギがいるねや」と声をかけると、一方の男は「いやウサギでない、オラビであるぞよ」と話した。
おらびは始めのうち「ジィー」と鳴き、次第に「オーッ」と大きな声になり、ついには全山をゆるがすばかりの雄叫びになる。おらびのあるときは変事の前兆とも言われる。……
(伊与木定「山の怪異伝承」『季刊民話』3号、1975年)

オラビは大声を出す妖怪だが、この特徴はヤマジイやヤマオジとも共通している。
次に、柳田國男の『妖怪名彙』から「オラビソウケ」という妖怪を紹介しよう。

オラビソウケ
肥前東松浦郡の山間でいう。山でこの怪物に遭い、おらびかけるとおらび返すという。筑後八女郡ではヤマオラビという。オラブとは大声に叫ぶことであるが、ソウケという意味は判らぬ。山彦は別であって、これは山響といっている。
(柳田國男「妖怪名彙」『妖怪談義』、1977年)

オラビソウケには「おらびかけるとおらび返す」という特徴がある。高知のオラビとは似て非なるものようだ。ちなみに『妖怪名彙』の説明ではおらび返してくるだけだが、『綜合日本民俗語彙』のヤマオラビの項では「やいやいとおらび返し、ついに人をおらび殺す」と書かれている。なかなかに恐ろしい妖怪のようだ。
最後に、長崎県の対馬などで伝えられる「一声おらび」という妖怪を見てみよう。

また対馬の山や峠付近などには、一声だけおらび声をあげる「一声おらび」という化物が住むといわれる。たとえその化物の声を聞いたとしても、絶対に応えてはいけない。それから対馬では、山中で一声だけおらぶこともタブーとされる。必ず二声三声おらばなければいけないのである。
(この一声おらびに類似した伝承は広く各地に見られる。)
芦ヶ浦のある古老に聞いた一声おらびの話である。「山中で一声おらびに声を掛けられても絶対に返事をしてはいけない。もしうっかりして返事をしてしまった場合には、一声おらびにおらび負けないように、直ぐ続けて、『千万兆億オーイ』というように返答をする。そうすれば、数えきれないくらい多くのおらび声をあげたということになり、恐ろしい一声おらびの声の呪力に打ち勝つことができる」
(村山道宣「おらび声の伝承─声のフォークロア─」『環東シナ海文化の基礎構造に関する研究』、1982年)

面白いことに、「こっちがおらぶとおらび返してくる」というオラビソウケとは違い、「化け物の声に応える」と良くないと言われている。また、「千万兆億オーイ」と答えて一声おらびに打ち勝つというのは、「おらびぐら」の話を彷彿とさせる。九州地方ということもあるし、何かしらつながりがあると思われる。

なぜ妖怪はおらぶのか

ここまで、おらぶ妖怪のいくつかのタイプを確認してきた。
 ①オラビソウケ型:こちらからおらぶとおらび返してくる。
 ②一声おらび型 :向こうから呼びかけてくる。返事をしてはいけない。
 ③ヤマオジ型  :大声を発する。大声の比べ合いをする。

それでは次に、彼らがこのような特徴を持つに至った背景について考えてみたい。つまりは、この妖怪たちに込められた人々の信仰や習俗などを見ていきたい。

まず三つのタイプすべてに共通すると思うのが、「山中でおらぶ」行為そのものが持つ呪術性だ。
古来よりおらび声は神霊と交感する手段と考えられてきた。
昔は人が死ぬとその家の屋根にのぼり、「次郎作よう!」と死者の名前を大声で呼ぶ「魂呼ばい」という儀式があった。死者の霊に呼びかけてその魂を呼び戻そうとする儀式だと言われている。
山中という異界視された場所で大声を出す行為は、それ自体が魔を引くされ、禁忌とみなされてきたかもしれない。また、どこからか大声が聞こえてくれば「あの声の主は人間の筈がない」と人々は思ったことだろう。

次に、①と②のタイプについては、「山彦の妖怪視」も背景にあると思われる。ヤッホーと言う、あの山彦のことだ。
山中で声を出すと、どこからか同じような声が返ってくる。昔の人々が「何かが山にいて自分の声真似をしている」と考えるのは全く自然な考え方だと思う。
実際、山彦を妖怪視した伝承は全国的に多い。鳥取では「呼子」や「呼子鳥」という妖怪が声を発すると考えられてきたし、静岡の伊豆などでは山彦のことを「山の小僧」と言ったりする(『妖怪名彙』)。
オラビソウケや一声おらびの背景にも、山彦という自然現象を恐れた人々の心があると思われる。

また、一声おらびには、「一声で呼ぶこと」に対する禁忌が影響していると考えられる。引用資料にあるように、元々一声で呼ぶこと自体が禁じられてきた行為だった。これも、神霊との交感という機能が背景にあると思う。

ヤマオジの吠え比べ

ここまで見てくると、オラビソウケ型と一声おらび型の妖怪は、山彦という自然現象が関わっていると言えそうだ。しかし、残るヤマオジ型については、山彦とはあまり関連がなさそうに思える。
人々がヤマオジ伝承を語り伝えてきた背景は一体何だったのだろうか。

まずは「大声を出す」という点から考える必要がある。オラビソウケや一声おらびとは違って、ここが強調して語られているからだ。
ここで注目したいのは、ヤマオジ型の伝承によく出てくる「大声を出すと生木の葉が落ちる」「辺りが震えてくる」「山や岩が崩れそうになる」という表現だ。これは、地震やその後に起こる山津波などを表している気がする。つまり、山の中で突然聞こえる大声に対する恐怖と合わさって、そこから連想される地震や山津波などの自然現象への恐怖が妖怪化したものが、ヤマオジ型妖怪の元々のルーツであったのではないか、と思う。

さらに、大声比べに使った鉄砲や弾丸が、「霊験あらたかなもの」だと伝えられている点にも注目したい。
「八幡大菩薩の弾」を使ってヤマジイを追い払った話や、ヤマオジを撃退した鉄砲を神社に祭っているという話もある。
つまり、鉄砲や弾丸、ひいてはそれらに関連する神社や神様の力を示しているエピソードだということだ。
もしかしたら、ヤマオジ型の伝承に出てくる大声比べの部分は、後から付け足されたのかもしれない。神社や神様の威光を語るために、大声を出すという特徴を持ったヤマオジ型の妖怪が利用された可能性もある。

まとめ

ここまで、おらぶ妖怪について、彼らが語られてきた背景を妄想と推測で考えてきた。簡単にまとめると以下のようになる。

自分の考えが合っているかは分からないが、こうやって妖怪の元を辿っていくと、昔の人々の信仰や習俗などを垣間見ることができる気がする。
引き続き他の妖怪や民間伝承についても考えていきたい。
(終わり)

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