あの頃のルートを生徒と

体調も回復してきて、UPA(ウーパ=無料の診療所)でもらった抗生物質も今日が最終の5日目。退会で怪我をした右ふくらはぎもそこそこ使えるようになってきた。
今回の9回目ブラジル滞在でやっと、今日こそは師匠の道場での稽古に参加できる。

一緒の家に滞在しているヒロさんを連れて行くことにするのだけど、今回は我々日本人は数に物を言わせてUBERに頼り過ぎた。
今日の行き方はオールドスクールにしたいと思う。
これが実際のカポエイリスタの生活だというのを、せっかくなので体験してもらいたくて。
以下が選択肢。

①UBER
②地下鉄&BRT
③バス&バス
④地下鉄&20分徒歩


④で。


個人的には街を知れるのでバスが好きだけれど、3時間コースなので今日はパス。

さぁ、師匠の道場はそう、リオ郊外のVaz Lobo地区。
発音は標準のポルトガル語なら「ヴァス・ローボ」なのだろうけど、カリオカの発音は「ヴァイシュ・ローボ」又は「ヴァヘ・ローボ」。
ちなみに自分は後者(笑)
というかカタカナではこの発音は表現できない。

さて、ここセントロのSanta TerezaからVaz Loboに直接行く手段はないのである。
まずはセントロからLinha2(リーニャ・ドイス)に乗って郊外に行かなければならない。
ちなみにリオ地下鉄には3線しかない。1,2そして4。

え、3は?

ブラジルであまり細かいことを気にするもんじゃぁない

Cinelândia(シネランヂア)駅から向かうはVicente de Carvalho(ヴィセンチ・ヂ・カルヴァーリョ)駅。自分が最も長く住んだ家がここにある。
ラッシュを避けたけれど、17時の時点でもうLinha2は混み混み。
セントロで働いた人たちが続々と郊外へ帰っていく。
18時代の混み具合は思い出しただけで震える。

Vicente駅に着くともう薄暗くて、高架橋から毎日見ていたファヴェーラが連々と見えたので、ヒロさんに右から順に説明してあげる。

「あれがジュラメントで、次がイパーズィ、フェ、セレーノ、カイシャダグアだよー、ヒロさん。あそこはアー・デー・アーっていう組織が仕切っていたんだけど、今はコマンド・ヴェルメーリョだよ。あそこあミリーシアだったんだけど、あそこもコマンドになっちゃたんだ。だから麻薬が流通してるんだよ。」

言われたとて分からないだろうけど、世界観を感じ取れる漢(をとこ)であるヒロさんだからこうして時々伝える。
まだリオの右も左も分からなかった時分の俺に、リオの友達がこうやって色々教えてくれた時、まだ拙いポルトガル語が故に頭で分からない分、肌で感じた大きな刺激が時分の心の記憶になった。
後に時間をかけて頭でも消化していき、その全てが今日のリオ愛に繋がっている俺としては、とにかくカポエイラ内外のいろんな刺激が生徒さん達の中で何かしらに成ってくれればなと少し思う。

ついて、ショッピングモールで目当てのスンガを買った。
四角いスクール水着みたいなもんで、これが本当に便利。
人によっては新日本プロレスみたいになるので、黒は避けるのが無難(笑)ヒロさんも物怖じせずにスンガを買った。しかも原色の赤。
ParáとMaranhãoに連れていくので、ぜひスンガデビューしてほしい。

さぁ、買い物も終わったので向かうはVaz Lobo地区の道場。
今いるVicente地区からは歩いていける。勇気があるなら。

せっかく生徒であるヒロさんがここまで来てくれているので、当時の生活をできるだけなぞりながら道場へ向かおう。
駅の線路の反対側へ降りると眼の前にはジュラメント貧民窟。
これまでいろんなファベーラの中に住んだり、泊まったりしてきたが、このジュラメントが一番銃撃戦が激しかった。本当に戦争映画何本分の音を聞いただろう。
まずは、毎日パンを買いに行っていたジュラメントのパン屋に顔を出すが、馴染みの店員さんが一人もいなかった。
ここには昔ATMがあったんだけど泥棒が壁ごと破壊して、ATMまるごと鎖に繋いで持っていこうとしたらしい。
ファヴェーラの中でそういうことをするのはチョンボなんだけど、こういう境目の微妙な位置にいる人達は時たまこういう事が起きる。

更に進むともうそこは人も車も殆ど通らない薄暗い道。

何かを感じたヒロさん、沈黙のまま進む。

進む。

進む。

右側に落書きだらけの家が現れる。

「ヒロさん。ここです。この勝手口の奥にある一角に一番長く住んでいました。」

ああ。懐かしい。
ただでさえ落書きで汚かったドアは更に汚くなっっている。
ちょっと精神を病んでしまった人が書いたようなメッセージも金色のスプレーで書かれていた。

ドアの穴から通路奥を覗くと、当時の家から黒人の女の人がお腹丸出しで出て来るのが見えた。奥にあった廃墟にも人がいる。あの廃墟の屋上から時々銃撃戦を観戦していたなぁ、と思い出す。

家の隣にある汚くて臭いバールには5年前と同じいつものメンツがいた。
毎回のように「いつ私と結婚するの?」といってくる大きいお姉さんもいた。
気付くかなと思ってまっすぐにカウンターに行く。

何の前置きも無く最初の一声が

「で、あんたいつ日本に戻るの?」

俺ずっと日本にいたんだよ笑笑笑
ここはここで時間が止まっていた。

店主のシネジオさんは店の隅っこの見えないところで朦朧とした感じで座っていた。。。

(ああ、お迎えが来ている…)

あたりまえだけど、自分の人生の登場人物達はやっぱり着実にこの世を去っていくんだな。
それは日本であろうとブラジルであろうと、このVicenteの一角であろうと同じ。みんな死んでその後何かになる。

ヒロさんも全てが初めてで分からないなりに、自分が会う人会う人にきちんと挨拶をしてくれる。ありがとう。

あ、と思い出したようにここでも教える。
「ヒロさん、あそこ10mちょい行ったところ。あそこで頭と両腕のない女の焼死体が見つかったんだよ。他にも2件は殺人を見たよ。」

そういやこのエピソードは日本の漫画家さんが、はるばるこの家まで取材に来てくれた当時に話して、そのままの内容で漫画に載っていた(笑)

更にVaz Loboに向かって進む。

途中で行きつけだったスーパーを通り、当時のブラジル人の彼女と住む予定だった物件の近くを通り、15分ほど歩くとVaz Lobo

そこにあるのはマクナイーマ通り。
ここには3ヶ月住んだ。何と言っても道場から徒歩3分だから。
俺のワンルームの家の前がよりによってboca(ボカ=麻薬取引所)で、ここも銃撃戦が多かった。
朝、地面に薬莢がたくさん落ちていた。

マクナイーマの坂の上の方を目を凝らしてみたけれど、流石に当時の家までは見えず。

そして道場着。

顔を出すのは2回目。けれど、稽古が俺たちの日常。
だから今日改めて、「ただいま。帰ってきたよ。」という感じである。
あの頃皆で塗ったグレーの床はグリーンに塗り替えられて、内装も少し変わっていた。サンドバッグも支柱が増えて、ますます師匠らしいトレーニング内容が行われている感じがうかがえる。

稽古が始まる20時前くらに各々がVaz Loboのあの道場の階段をスタスタと上がり、2階の柔術道場(GFT)の稽古を横目に3階へ登りきるとそこで師匠、兄弟・姉妹弟子と目が合い、全員と握手をする感じ。
ここ郊外では皆テンションが低い、というよりは素なんだ。

やっぱり、師匠から教わるカポエイラが一番良い。
久々に兄弟子達、初めてあった弟弟子達と汗を流して、5年ぶりに何か肩から荷が降りたというか、空だったものが満たされたというか、とにかくポジティブな状態に慣れた。

明日からまた体調を整えて、最終日まで突っ走ろう。

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