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オーストラリアで馬主になる方法-エルから始まる物語(第2話 馴致編)

オーストラリアから帰国してもまだ夢見心地でいると、エルがメルボルンに到着したとの連絡が西谷調教師から入った。ゴールドコーストからタスマニアへの直行便はなく、メルボルンを経由するルートとなる。翌日の夜の便で、タスマニアにある西谷調教師の厩舎に向かう予定とのこと。長旅だが、大人しい馬なので頑張ってくれると思う。輸送会社から送られてきた粗い写真に、我が子のように思いを馳せてしまうから不思議である。

翌日、エルは無事にタスマニア島に到着した。放牧地に出ると、「疲れてはいますが、喜んでいました」とのこと。1週間ほど休ませてから、馴致の下準備を開始していくことになる。新しい環境に早く慣れてもらいたい。遠く離れていても、こうして嬉しそうに走っているエルの姿を見ると、私まで嬉しくなる。東京の慌ただしい日常生活の中でも、南半球のタスマニア島にいるエルの存在を想うだけで少し心豊かになれる。

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エルの馴致が始まった。競走馬になるための第一歩。ハミを受け入れやすくするために、歯を少し矯正してくれたそう。ギアを装着し、ハミを付けることに慣らしていく。わずか13秒の動画からも、エルの嫌がる表情や気持ちが伝わってきて切なくなる。「なんでこんなことするの?」と耳を絞って、こちらに訴えかけてくるエルの表情が居たたまれない。

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2日目はハミ受けの練習を行った。西谷調教師と1対1で向き合い、集中し始めてくれたので、お互いの信頼関係も高まったとのこと。反復練習をして、上手くできたら時間を短かくしていくことを徹底すると、教えられた通りに学ぶと自分が楽なのだと気づいてくれるそう。

馴致は順調に進み、鞍を背中に着け、ゆっくり歩かせたり速足をさせたり、ドライビングという訓練をしている。いきなり人間が乗るのではなく、まずはハミや鞍を着けて動くことに慣らしていくということである。そして来週からは、いよいよ人間を背にすることを教えてもらうそうだ。

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エルが初めて人間を背に乗せた。最初はもっと暴れるものかと思っていたが、戸惑いつつも受け入れて、人間が求めていることを必死に理解しようとしている。「こうすればいいの?」という問い掛けに対し、私たちは「そう、こうしてほしいんだよ!」と繰り返し伝えることが大切だそう。

おやっと思われた方もいるかもしれないが、オーストラリアのセリにはまだ馴致をしていない馬たちが出場しているのだ。日本のセリであれば、少しでも良く見せるために馬体をつくったり、ウォーキングの練習をしたり、言うことを聞くように躾がされている馬がほとんどである。生産者の代わりにそのような馬づくりや躾を代行するコンサイナーという仕事もある。だからセリで購入した馬が育成場に入ってくるときには、すでに馬が人間とのコンタクトに慣れているためスムーズに次のステップに進めることになる。

オーストラリアではセリで馬を買ってきても、そこから馴致を開始して、馬との信頼関係を築いていかなければならないから大変だ。反面、オーストラリアのセリでは悪い面も包み隠さず表出されるため、見栄えの良さやその場だけの従順さに惑わされることなく、その馬本来の姿を見ることができるのではないか。

乗り込みが着々と進んでいる。昨日からは丸馬場でも乗れるようになったらしい。セリで出会ったときからまだ1か月と少ししか経っていないのに、いつの間にか競走馬らしくなっている。この時期のサラブレッドは、自分を取り巻く環境の変化に戸惑いつつ、新しいことをたくさん経験して成長していくのだと思う。一歩ずつ前に進んでいってもらいたい。

乗り込み02

乗り込み01

丸馬場にも慣れて、乗り運動をしっかりとこなしてくれている。まだ物見などはしているが、初めてのことばかりで慌てても、乗り役にちゃんと気持ちを戻してくれると褒めてもらった。そろそろ800mの広い馬場に出ることができそう。

今日は天気が良かったこともあり、いよいよ丸馬場から広い馬場へと飛び出し、スクーリングを行った。まだまだ荒削りだけれど、「あまり蹄音を立てない動きが、かなり好感持てます」と西谷調教師からお褒めの言葉をいただいた。軽いタイプと見込んでいたので、その通りの走りをしてくれていることは素直に嬉しく、今の脚先の軽さが失われることなく、エルには育っていってもらいたい。

800Mコースへ

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蹄鉄を新しいものへと履き替えた。さすが賢い馬だけあって、大人しくしてくれている。エルの蹄のサイズは小さい方で、成長の余地がたくさん見受けられるとのこと。そうか、馬も人も足のサイズは身体の大きさや成長と比例するのだな。エルはこれからまだまだ大きくなりそうな気配がある。

エル(内)と同期のライラ(外)との併せ馬。馴致も最終局面に向かっている。つい最近、初めて鞍を付け、人を背に乗せたと思いきや、あっという間に競走馬らしくなった。西谷調教師の腕はもちろん、若駒の成長のスピードには目を見張るものがある。僕も負けずに成長せねば。

嵐が去って穏やかな天気の中、昼寝などをして、のんびりと過ごしている放牧中のエル。あまり馬服を着せないようにしているそうだが、さすがにこの時期のタスマニアは寒いらしい。それでも、あと数ヶ月もすれば、競馬のシーズンがやってくる。エルに会いにタスマニアに行くのが楽しみでならない。

エルが楽しそうに遊んでいる姿を初めて見た。放牧地では羊との共存になり、とても興味があるのか、それともニュージーランドの生産牧場でも一緒にいたことがあるのか、羊を追いかけ回していたとのこと。その後は飛び跳ねて走り回ったり、ゴロゴロしたり。人間に気を遣うことなく遊び回ってもらいたい。

放牧地のエル


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