給与明細書とはいかなるものか
給与明細書とはいかなるものか。今回は、意外と 無意識のうちに通り過ぎてしまっている給与明細書についてです。知らないことで、意外な落とし穴になるかもしれません。
1 そもそも給与明細書とは何か
おそらく、企業も従業員も給与明細書を知らないということはないかと思います。その給与明細書なんですが、そもそもいかなる意味のものでしょうか。考えたことがあるでしょうか。
よくよく給与明細書をみてもらうと、まず、支給項目が並んでいるかと思います。そして、支給総額です。支給総額(総支給額)=額面金額になります。
支給総額の下は、控除項目が並ぶ欄になります。控除項目は、共通項として公的保険の項目があり、健康保険料、介護保険料(健康保険に含まれる場合もあり)、厚生年金保険料、雇用保険料をまず引きます。
差引残額を計算し、そこから、所得税、市町村民税の税金を引きます。その他、企業任意の控除項目があれば、それを引いて差引支給額=手取り金額が決まります。
一般的にはこんな流れになっています。では、この中で明細書を作る意味はどこにあるのでしょう。それは法律で明細書等の交付が義務付けられていることにあります。
2 所得税法におけるルール
所得税法には、給与の金額と源泉所得税額を記載した支払明細書を交付しなければならないというルールがあります。
所得税法
(給与等、退職手当等又は公的年金等の支払明細書)
第二百三十一条 居住者に対し国内において給与等、退職手当等又は公的年金等の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その給与等、退職手当等又は公的年金等の金額その他必要な事項を記載した支払明細書を、その支払を受ける者に交付しなければならない。
所得税法施行規則
(給与等、退職手当等又は公的年金等の支払明細書)
第百条 法第二百三十一条第一項(給与等、退職手当等又は公的年金等の支払明細書)に規定する給与等、退職手当等又は公的年金等の支払をする者は、同項の規定により、次に掲げる事項を記載した支払明細書を、その支払の際、その支払を受ける者に交付しなければならない。
一 その支払に係る法第二百三十一条第一項に規定する給与等、退職手当等又は公的年金等の金額
二 前号の給与等、退職手当等又は公的年金等につき法第四編第二章(給与所得に係る源泉徴収)、第三章(退職所得に係る源泉徴収)又は第三章の二(公的年金等に係る源泉徴収)の規定により徴収された所得税の額(法第二百二十二条(不徴収税額の支払金額からの控除及び支払請求等)の規定により控除された金額を含む。)
三 法第百九十一条(過納額の還付)の規定により還付した金額
…
所得税法で明細書の交付が義務付けられていますので、明細書を交付しないことは、所得税法違反になります。
小職もこれまで、社労士としてかかわってきました企業の中に、稀ではありますが、数社ほど、給与明細書を交付せず、給与の差引支給額を現金で渡しておしまいという企業がありました。さすがに少しびっくりでした。
3 健康保険法・厚生年金保険法におけるルール
健康保険法と厚生年金保険法には、それぞれ社会保険の控除額を通知しなければならないという規定があります。
健康保険法
(保険料の源泉控除)
第百六十七条 事業主は、被保険者に対して通貨をもって報酬を支払う場合においては、・・・保険料(・・・)を報酬から控除することができる。3 事業主は、・・・・保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。
厚生年金保険法
(保険料の源泉控除)
第八十四条 事業主は、被保険者に対して通貨をもつて報酬を支払う場合においては、・・・保険料(・・・)を報酬から控除することができる。
3 事業主は、前二項の規定によつて保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。
したがいまして、企業は、保険料控除を通知することはもちろんですが、保険料控除の計算書を作成する義務も課せられているわけです。この計算書が給与明細書になります。
4 労働保険の保険料の徴収等の法律におけるルール
労災保険料と雇用保険料(合わせて労働保険料と言います)の徴収の法律でも、雇用保険料を給与から控除した場合に、計算書を作成して通知しなければならないルールになっています。
(賃金からの控除)
第三十二条 事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、前条第一項又は第二項の規定による被保険者の負担すべき額に相当する額を当該被保険者に支払う賃金から控除することができる。この場合において、事業主は、労働保険料控除に関する計算書を作成し、その控除額を当該被保険者に知らせなければならない。
5 労働基準法におけるルール
労働基準法では、給与支払明細書を発行しなければならないという規定はりません。
ただし、給料の銀行振込をする場合(原則は通貨払いになるため振込は例外扱いとなる)は、行政解釈、つまり、通達(平成10年9月10日付け基発第530号、平成 13 年 2 月 2 日基発第 54 号関係参考資料)により、個々の労働者に対し、賃金額、源泉所得税、社会保険料の控除などの金額を記載した、賃金の支払いに関する計算書を所定の賃金支払日に交付することとなっています。
6 控除漏れ等は大変な問題に
以上のように、給与明細書は、長年の慣習で、事務的に作成しているだけになっているかもしれませんが、公的な控除項目や控除内容を通知するためには、その観点から給与明細書交付が義務付けられていることになります。
したがいまして、社会保険料の控除を失念した、雇用保険の控除を忘れているなどがある場合には、上記のルールに反することになります。
また、そればかりでなく、社会保険や健康保険の控除漏れがあると、従業員は、社会保険に入れてもらっていない、雇用保険に入れてくれないと思い、苦情となり、時には、年金事務所やハローワークに申告されることにもなりかねません。
仮に、控除漏れに気づいて、後で、保険料を徴収しようとすとそれはそれで問題が噴火する要素になってしまいます。徴収すべき保険料額を追いつかせようと、毎月の給料から多く控除しなければならなくなるからです。
雇用保険料は金額がまだ大きくなりにくいためさほどではないにしても、社会保険料は、控除漏れの期間にもよりますが、金額が大きくなることが想定されるため、労使間で大変な問題になってしまいます。
忘れずに控除して、明細書を記載することが大切になります。
※根拠となる条文は参考にみていただければと思います。
【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?