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多重債務者であることを理由に配置転換してよいか

今回は、配置転換の話ですが、配置転換の理由が問題となる話です。最近は、国民の層が2極化していると言われています。経済的な状態をとらえてのものですが、ゆとりのある層と貧困の層とに分かれているというのです。

そんな情勢の影響から、経済的に追い詰められている人たちも多くなっており、消費者金融を中心に、債務者が増加しているようです。

企業は、債務者、とりわけ多重債務者が職場にいると、仕事に身が入らない、他の従業員にもよくない影響があるのではないかなどから、配置転換を検討するケースが出てくると考えられます。その際、多重債務者であることを理由に配置転換を行ってよいのかがテーマとなります。

1 配置転換の裁量権がない場合がある

 配置転換は、企業裁量で自由にできそうに考えられがちですが、裁量がない、つまり裁量権が及ばないものがあります。

 勤務地限定あるいは職種限定の雇用契約がある場合です。勤務地限定や職種限定の雇用契約は、勤務時間限定の雇用契約と並んで、限定契約と言われるものです。

これらは、勤務場所や働く職種、勤務時間が限られていることが条件であり、契約内容になっていますので、企業の人事裁量権だけで変更することができないというのが原則です。

ここは、個別の契約内容の話ですので、おそらく就業規則をみても規定はないかと思います。また、限定契約は、雇用契約書などをみてもよく判別できないのが実態として多いように思います。

たとえば職種限定の例として、

機械工として十数年から二十数年就労してきたものでも、機械工を限定する旨の合意が成立したとまではいえないとした例もあります。〔日産自動車村山工場事件/最判一小平元.12.7労判554号6頁〕

ある職種で長年働いている従業員を配置転換しようとすると、その従業員から「納得いかない」などと声が挙がるケースなどは同様に考えられます。

しかし、配置転換を全く行ってはいけないというのではありません。勤務地限定や職種限定の雇用契約の場合で、どうしても、変更したい場合には、説明したうえで同意が得られれば、配置転換が可能になる場合があります。

事後的に、「異動になるから」は禁物です。揉め事の火種になりやすいと言えます。従業員は、配置転換命令に非常にナーバスになる傾向になるようで、裁量権のある正当な配置転換の場合でも、揉め事が多発している状況ですので、限定契約の場合には、なおさらきちんと説明をして同意を得ておくことが必要です。

※配置転換については、どこかで、さらに取り上げてみたいと思います。

2 配置転換の人事裁量権がある場合

1と異なり企業に人事裁量権に基づく配置転換命令権がある場合です。配転命令権の一般的な根拠は就業規則になります。

「業務上必要な場合は配置転換を命ずることがある」という旨の規定が就業規則にある場合には、企業には、包括的に配置転換の命令権がある、つまり、配置転換に関する人事裁量権があると考えていいかと思います。

3 配転命令権がある場合でも要件がある

ただし、根拠を持った配置転換の命令権があるとはいえ、命令権を発することができる要件がありますので、注意しましましょう。配置転換命令権の濫用を判断する際に重要になります。今回は、概略のみ記載しておきます。

➀どのような業務上の必要性
②いかなる動機・目的
③従業員が通常甘受すべき程度の不利益

➀はわかりやすいかと思いますは、配置転換を命じるための業務上の必要性があることです。必要性がないにもかかわらず、配置転換を命ずることは労務リスクになり得るところです。

②は配置転換を命ずる動機や目的ですが、正当な動機・目的であることです。昨今、問題として浮上することが多いのが、追い出し目的や退職の意思表示を引き出すためなどの場合です。これらによる配置転換であると評価される場合には、その配置転換は認められない方向に動くことになります。

③は、配置転換を行った結果、従業員に不利益が発生するケースで関係する要件です。不利益が大きく、とても甘んじて受けられないもの評価される場合には、その配置転換は認められないでしょう。こうしたところは、労務特有のバランスの問題になるところです。

加えて、最近は、従業員の状況などへの配慮がテーマになることも考えられますので、配置転換にあたり、従業員が現状、配置転換を妨げる状況などにないか確認しておくべきかと思います。

ただし、この点は、従業員がプライベート的な側面を詳細に伝えなければならなくなるなど、見解としては賛否両論あるようですので、従業員とのやりとりの中で可能な範囲でと受け止めておくべきかと思われます。

4 多重債務者を理由の配置転換はどうか

 単に多重債務者という理由だけでは、配置転換は許されないと考えられます。ただし、多重債務者の勤務実態をみて、職務遂行や業務効率、円滑な運営などに支障が生じている状態となった場合には、配転命令の合理性が認められると考えられます。

 たとえば、取り立て業者などから電話がかかってきて仕事に身が入らない、ミスも多い状況にある、自宅に取り立ての書面が届くなどで仕事に集中できない、士気低下の状況にあるなどで、上記のような支障につながっている場合には、典型かと思います。

この場合の注意点は、企業は、注意・指導をすることが必要になることです。そのうえで改悛がみられないという場合には、業務に支障が出ているとして、配置転換の合理性が認められるものと考えます。

5 多重債務特有の理由の場合

多重債務との直接的な関係では、もし、多重債務の状況にある従業員の業務が金銭を扱う業務の場合です。あるいは、金銭を直接扱わなくても、経理の業務など企業の金品に関係する業務である場合も同様に考えていいかと思います。

こうした特定の金銭に関する業務を行っていた従業員に対する配置転換は、多重債務の関係で合理性があると評価される理由になり得ると考えられます。
 

以上、多重債務者に対する配置転換の問題について触れてみました。労務実務では、必要な要件、理由などをよくよく検討して、取り組みましょう。

【特定社会保険労務士 亀岡 亜己雄】


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