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裁判所の民事調停

私は、令和元年10月から簡易裁判所の民事調停員を務めています。昨年の前半は新型コロナウイルス感染拡大を受けて、裁判所の訴訟を始めとして民事調停期日もほとんどが取消しとなったために、実際に調停委員として仕事をするようになったのは昨年の夏以降です。

民事調停は、民事調停法という法律に基づいて裁判所内で行われる私人間の民事上の紛争の解決を図る制度です。ただし、夫婦間や親子間の身分に関する紛争又は家庭内の紛争については、家事事件手続法に基づいて家庭裁判所内での家事調停手続きよって解決が図られるため、民事調停の対象とはなりません。家事にかかる紛争を除いては、個別労働関係の紛争を含めてほとんどすべての民事紛争が、民事調停の対象となります。

民事調停は、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」(民事調停法第1条)紛争解決制度です。労働事件に関していえば、民事調停に似た制度として、個別労働関係紛争解決のための労働審判があります。労働審判も紛争当事者の互譲に期待して、まずは調停により紛争の解決を図りますが、調停による紛争の解決が難しい場合には、裁判所が審判することで解決を図ります。民事調停は、当事者双方の互譲が難しいときに、審判という方法での解決を用意していないので、この点で労働審判との違いがあります。また労働審判は、当事者のいずれか若しくは双方に裁判所の審判に対して異議がある場合には異議の申し立てをすることにより訴訟に移行することができますが、民事調停には審判という方法がないために、当事者が異議を申し立てるということはできません。ただし、調停不成立などの場合に当事者が調停不成立の通知を受けてから2週間以内に訴訟を提起したときは、調停申立時に遡って訴訟が提起されたものとみなします。

調停という制度は、民事調停法に基づく裁判所の民事調停のほか、他の法律により規定された裁判所外で行われる調停があります。労働関係では、パートタイム・有期雇用労働法や労働者派遣法に基づく均衡均等待遇に関する調停と、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法、労働施策総合推進法に基づくハラスメントの防止に関する調停があります。これらの調停は、労使間の紛争解決援助の制度として労働局で行われるものです。これらの調停は、事業主がその配慮義務や雇用管理上講ずべき措置義務等に違反し、その結果として労働者の権利が侵害されたというような場合にその解決を図るための制度です。労働局の紛争解決制度としては、調停の対象とならない個別労働関係紛争の解決を図る制度として個別労働関係紛争解決促進法に基づくあっせん制度があります。調停とあっせんは制度としては別のものですが、実際の内容は、紛争調整委員会があっせんを行いかつ調停も行うので、かなり似ています。この他に労働組合と事業主との間の紛争の解決のための労働委員会が行う調停制度もあります。

裁判所の民事調停と労働局で行われる調停との最たる違いは、裁判所の民事調停は、調停が成立したときに、その内容に当事者の一方から他の当事者に対して金銭の給付を内容とする事項がある場合には、その部分について債務名義になることです。債務名義とは、金銭の給付をしなければならない当事者(これを「債務者」といいます。)が指定の期日までに任意に債務を履行(金銭の給付)しないときに、他の一方当事者(これを「債権者」といいます。)は、裁判所に強制執行の申立てをすることができる権利のようなものです。労働局の調停は、民法第695号に基づく和解契約ですから、債務者が債権者に対して期限までに任意に債務を履行しない場合、債権者は、債務者の債務不履行を理由として、再度裁判所に金銭の給付に係る訴訟を提起して判決を得なければ金銭の給付部分が債務名義になりません。

裁判所の民事調停は、裁判官が務める調停主任又と民間の中から最高裁判所が任命した民事調停員2名の計3名で審理を行います。調停主任は、最高裁判所が任命した、弁護士で5年以上の経験を有する者からなる民事調停官が代わって務めることもあります。

民事調停委員は、民間で経験を積み専門的な知識を有する者が最高裁判所の任命により務めることになります。私の場合は、労働に係る専門知識を有する者(社会保険労務士)として、民事調停委員を退任される先輩社労士の紹介を受けて、裁判所に応募し、簡易裁判所の上席裁判官や書記官らの面接試験を受けた後、最高裁判所から任命を受けました。

民事調停は、民事紛争であれば家事事件を除いて何でも申立ての対象となります。そして、現実に即した柔軟な解決を図ることができます。もっとも、当事者間で事実関係に争いがある場合には、2回目以降の期日を指定して調停手続きを続行し、次回期日までに証拠の提出を求めて、ある程度事実を認定した後に、当事者双方の意向を踏まえて、必要に応じて当事者に譲歩を求めて解決に至ることもあります。調停手続きは成立の見込みがある限り、2回目以降の期日を設け、場合によっては3回目以降も4回5回と期日を設けて続行します。逆に、調停成立の見込みがない場合、例えば当事者の他の一方である相手方(民事調停では、調停を申立てた者を「申立人」、調停の申立てを受けた被申立人を「相手方」といいます。)が、調停による解決を希望しないことを明らかにした場合には、調停の成立の見込みがないものとして、調停不成立により民事調停手続きを終了します。

民事調停手続きで、当事者双方があと一歩譲歩すれば合意に至るというような場合で、そのあと一歩が埋まらないような場合、民事調停法第17条に基づき、民事調停委員会で調停に代わる決定(通称「17条決定」といいます。)をすることがあります。当事者に調停に代わる決定に不満がある場合には異議の申し立てをすることにより調停に代わる決定は失効します。

民事調停手続きの申立ては、通常、申立書を裁判所に提出することから始まります。調停手続きの申立書は、訴訟での訴状のように厳格な記載方法を求められておらず、申立ての趣旨と申立ての理由を簡単に記載するだけで作成できます。したがって民事調停の申立ては多くの場合本人申立てであり、代理人が付くことはあまりありません。

民事調停は当事者双方の互譲により紛争の解決を図る制度ですから、民事調停での解決を図る申立人は、申立ての趣旨に拘らずに、相手方の主張にある程度譲歩して解決を図る用意があることが、民事調停を申し立てる際の前提となります。しかしながら、民事調停を申し立てる申立人の中には、訴訟のように白黒をはっきりつけるかのごとく、まったく譲歩しない場合や、主要事実に関して的外れな主張や立証を繰り返し、法律上の権利が認められないにもかかわらず、過度の要求を繰り返す場合などもあり、調停が不成立となることもあります。

民事調停の申立費用は、訴訟の場合の半額です。例えば相手方に対して100万円の支払いを求める申し立てをする場合、訴訟であれば費用1万円にプラス予納郵券代金(郵便切手代金)数千円ですが、民事調停であれば申立費用は訴訟費用の半額の5千円で、予納郵券代金も訴訟の場合に半額以下で足ります。

民事調停は私人間の紛争解決制度としては利用しやすく、民事調停により紛争の解決に至れば、調停の申立てに要した費用に対する利益(費用対効果)は大きいものがあります。相手方が調停に応じる用意があるような場合には、民事調停は大変便利な制度です。

文責:社会保険労務士おくむらおふぃす 
http://e-roumukanri.link


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