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徹底抗戦 放射能v.s.反社会人

2011年6月12日発行 ロウドウジンVol.2 所収

 2011年3月11日……奇しくも「9・11」の半年ずれという符号に若干の薄ら寒さを感じるこの日、太平洋三陸沖でM9.0の超巨大地震が発生した。東日本大震災と命名されたこの地震による被害は東北地方を中心に死者・不明者合計2万人以上という大きなものになった。被災者の方々にお見舞い申し上げたい。この地震は海底が震源であったため、発生した最高40m以上の津波により沿岸部は壊滅的なダメージを受けた。その中に福島第一原子力発電所があった。

 冷却不能、全電源喪失、放射性物質漏出、放射能汚染、水素爆発、メルトダウン、炉心溶融……。これまでフィクションの中でしか聞いたことのなかったショッキングな単語がニュースに溢れた。ひとびとはそれらの言葉の持つ巨大な不安感に苛まされ、なかば集団ヒステリーともいえる状況を導き出した。それは現実の放射能の危険性とは乖離した別種の問題である。そのような中で社会人/反社会人はいかにして振舞ったのか?

放射能による反社会人化?

 放射能の「恐ろしさ」とは戦争における世界で唯一の被爆国に生まれたわれわれ日本人にとって、そのDNAの中にしかと練りこまれている根源的な「恐ろしさ」である。それはまた漠然とした「恐ろしさ」でもあり、なぜ恐ろしいのか説明できないことも少なくない。しかし、これまでの安穏とした日々において、その「恐ろしさ」を意識することは幸運にもほとんどなかった。それが今回の大地震によって突如として立ち上がってきたのだ。社会、そしてそれを構成する社会人の混乱ぶりは記憶に新しいだろう。不正確な情報と不正確な知識に踊らされた社会はもはやその機能を実質的に喪失し、ただ「放射能」という得体のしれないものの強大な魔力に魅入られ踊り狂うだけだった。

 なぜ放射能が恐ろしいのか。放射能は生体に微量であれば効用があり、俗に被曝と呼ばれるような状態になると即死の危険性すらあることはよく知られている。ことわざにもあるように毒と薬は紙一重なのだ。ちなみにクスリは紙一重どころかかなり毒である。放射能とはエネルギの塊であり、暴露量の程度によって人体に良くも悪くも作用するのだ。高エネルギを体に受けると、細胞組織がレーザで焼かれるように崩壊する。それは同時に社会人が唯一の拠り所として持っている社畜としての愛社精神や利他的自己犠牲的精神をも崩壊させる。すなわち、社会人が放射線を浴びると反社会人化によく似た現象が観察できる。

 放射能の人体への影響としては、よく知られた都市伝説がある。いわく、放射線関係の仕事をしている親からは男子よりも女子が圧倒的に生まれやすいそうだ。そのような遺伝的な影響は細胞中に含まれるDNAへの損傷が原因となっている。DNAが損傷した細胞が増殖することは、いわゆるガンと呼ばれる現象である。反社会人とは社会人からするとガンのようなものである。すなわち正常な細胞がガン化するというのは、社会人が反社会人化することと極めて近い。今回の震災後のフクシマ騒動をみていて聡明なる読者諸氏はお気づきになったと思うが、それまで極めて理性的かつ自己の影響力を客観的に評価し社会人的な振る舞いをしていたひとが、恥も外聞も捨てて反社会人的行動をとることも少なくなかった(いきなり新幹線に飛び乗り西日本に逃げたり、いきなり飛行機に飛び乗り海外に逃げたり、田舎に戻ってガーデニングと農作業の中間くらいの中途半端なロハス生活を送り始めてナニかに目覚めたり) 。反社会人サークルとしてはそのような反社会人としての「気づき」に対して、寛大なる心持ちで受け入れていきたい。


 放射線が社会人に与える影響については下図のようになっている。ちなみに反社会人はもともとこれら似た行動特性をもっているため、症状がそれ以上悪化することはない。すなわち、反社会人は放射能なんか怖くない。

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【ひとくちメモ】反社会人は平均トイレ滞在時間と平均ガム消費量でも見分けができるよ!

放射能の影響:社会人の場合(LOSE編)

 被爆により生活が大きく変わった方のインタビューを行いました。受けて下さったのは元社畜のIさん(仮名)。

反社会人インタビュアー(以下「反」):それではIさん、早速ですが放射能を浴びてどういった変化がありましたか。

Iさん(以下「I」):目が覚めましたね、会社員という夢から。

反:夢ですか。

I:夢です。寝ても覚めても、幸せだけど悪い夢をみていました。今思うと恐ろしいですが、働いてさえいれば自分が大きなことを成し遂げているような気がして、充実していたんです。いたんですけど……

反:変わってしまった。

I:はい。地震のあと放射能が拡散して、最初に窓際にいた上司が影響を受けました。仕事は変わらず沢山あるのに、毎日定時で帰っていいと言うんです。交通機関が乱れてるとか、節電だとか言って、僕達から仕事を遠ざけるんですね。

反:それはごく一般的で、当たり前の対応だったのではないのですか?

I:いえ、少なくともそれまでは電車がなければ帰るな!停電してもノートPCは稼動する! といって働き通しでしたから。それで渋々従っていたんですが、どうもこれはおかしいぞと。こんなに働かなくても良いなら、一体今まではなんだったんだと気づいて目が覚めたのです。

反:ははあ。

I:会社は潰れる気配もないし、なのに自分は残業代もなく品薄で値段の上がった食事をしていて。とても正気で会社など通えません。

反:それで、ご実家の方へ帰られたのですね。

I:そうです。幸い私は実家が関西でしたから、とりあえず有休をとって新幹線で帰りました。

反:すると今は……

I:ええ、結局そのまま会社へは行かず退職しました。手続きも電話と郵送で。
 今後は、当分世の中の流れを見極めつつ、情勢がしっかり落ち着いたら転職活動でもしようかと思っています。

反:なるほど、参考になりました。今日はお忙しい中お答え頂き、ありがとうございました。

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 インタビュー終了後にIさんに写真を掲載させて欲しいとお願いしたところ、いただいたのが上の一枚。暗くてわかりにくいのだが「蚊取り線香の上に吊るされているロープにくっついたセミの抜け殻」とのこと。不可解な点も少なくないが心ひかれる一枚である。

放射能の影響:社会人の場合(WIN編)

 一方、被爆前と変わらぬ生活を送られている方もいるようです。受けて下さったのは社畜のSさん(仮名)。

Sさん(以下「S」):わたしはおそらくその、いわゆる「社畜」ですか? ああいうのとは違うと思います。放射能はなんとなく怖いと思ってました。国や大手マスコミは信用できないし、外を歩いていてもじわじわ体が放射能に汚染されているような気がしてきて……

反社会人インタビュアー(以下「反」):なるほど。そこでSさんはどうされたのですか?

S:それでも会社は行かなきゃいけないわけじゃないですか。マスクしてメガネして、花粉症対策みたいな怪しい格好で通っていたのですが、よくよく考えると通勤自体が不要なことに気がつきましてね。

反:えっ? どうされたのですか?

S:ふふふ……帰宅するのをやめたのです。

反:そんなことできるわけが……ま、まさか?!

S:通勤時に被曝するくらいなら、会社から一歩も足を踏み出さなければ良いのです。コロンブスの卵でしょ?

反:ははあ。

S:もちろん窓際にも近寄りません。机に向かって一心不乱に仕事をしていれば精神も安定します。現にほら、このように完全な健康体です。仕事もバリバリ!

反:はああ。

S:以前よりも確実に充実しています。ずっと会社の中にいるから、放射能に対する耐性もついたのかもしれませんね。会社最高! もう死んでもいいくらい!

反:なるほど、参考になりました。今日はお忙しい中お答え頂き、ありがとうございました。

放射能を正しく恐れる

 放射線から身を守るには三つの代表的な方法がある。ずばり「距離」「時間」「遮蔽」だ。上記のインタビューにお答えいただいた社畜どもの場合、Iさんの場合は「距離」(関西に逃げる)、Sさんの場合は「遮蔽」(会社にひきこもる)によって身体の安全の確保している。しかし「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という他粛寸前の言葉があるが、彼らは健全なる精神を持ち得ているのか、はなはだ疑問である。

 放射能による精神汚染から身を守るには、前述のような物理的な回避方法だけでは不十分だと言わざるをえない。ではどうすれば良いのか。もっともシンプルな解答は、精神汚染に耐えられる精神を持つことである。そのような精神構造のひとつに反社会人があるといえる。なぜなら反社会人とは理念的に精神を汚染されている存在だからだ。

 なぜ放射能を恐れるのか。なぜ放射能を恐れなくてはいけないのか。そこに真実はあるのか。そのことに疑問を抱いたことはあるのか。

 反社会人は放射能を怖がらないが、それは放射能の恐ろしさを知らないからではない。その恐ろしさを知ってなお、恐れないのだ。恐れおののくくらいならトイレの個室内で便器に腰掛け携帯電話を駆使してTwitterに没頭する。日常はそこにあり、放射能もまた日常の中にある。おそらく人類が滅亡するとき、最後に残るのは反社会人であろう。


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