『いちご杏仁』

第62回短歌研究新人賞応募作品です.
佳作に選んでいただきました.
「短歌 原稿用紙 書き方」から検索した,初めての連作.
大切な記念として残しておきます.


『いちご杏仁』

セックスが大事と言ったきみはいま背中を向けて寝息をたてる

どうしてかいつも平たい爪をした男にばかり抱かれてしまう

このからだ産む産まないが産めないになっていくまでただ血を流す

ベランダによくわからないハーブとかすくすく育つふたり暮らしは

白菜は鈍器になるか後頭部見つめて思う愛の生活

二十二時つぎからつぎとハイチュウを食べる妊婦のかお青白く

プラごみに雪が積もって世の中が淡くぼやける祝日の朝

時々は事故があっても結局は選ぶのだろうふたりの暮らし

揺れているマタニティマーク誇らしい膨らみを見る目が死んでいく

スーパーにパジャマ着てくる女より幸せなのかわからなくなる

もしかしてこれが罰なの神様は私と同じくらい悪趣味

緊急の連絡先を少しだけ迷いつつ書く未婚のさだめ

妊娠はしていませんと告げるとき笑いだしたい衝動が来る

ロッカーの鍵握りしめ待っている桃色の文字「磁場発生中」

じんわりと子宮のあたり温かくあゝいま磁気に犯されている

おそろいの死にそうなかお目を逸らし診察を待つタリーズコーヒー

筋腫しか育まれないこの子宮産婦人科は空気が薄い

腹に子も傍に夫もいないので診察室のドアばかり見る

この先はきみのことだけ考えたい土曜の朝に白湯飲みながら

木蓮の花が咲くのが早いとかそんな話をずっとしてたい

耳たぶに春の風吹くきみと食むリンゴを買ってスキップをする

桃ジャムの瓶を洗えば立ちのぼる若い匂いに憎らしくなる

ふるふるのいちご杏仁繋いでくきみとの暮らし甘くて脆い

薄情なかおしたおんな鏡からにこりと笑う四十二になる

豹柄のヒールアンクルストラップひとの靴だけ眺めてる朝

幸せと言い切ってくれ目の前の妊婦、世界の全ての妊婦

無造作に放り込まれたトランクス洗濯かごの中の傲慢

恋という飴を時々噛みくだき暮らす毎日歯が痛くても

いんちきな指輪をはめてほんものの桜を見てる今年もきみと

生きているわたしのからだとれたての魚のようにぴちぴち跳ねる

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