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【HADES】ギリシア神話オタクが産み出した神ゲー

インザネイモヴヘイディース! ドーモ、マーズです。このnoteは最近俺がハマっているゲームを紹介するnoteだ。未プレイの人はぜひ買おう。

『HADES』はギリシア神話をモチーフにしたアメリカ製のローグライトアクションゲームだ。冥界王ハデスの息子ザグレウスが、実家と父親に嫌気がさして冥界を脱出しようと画策し、その過程で亡霊や怪物や死した英雄と戦ったり死んだりする楽しいゲームだ。途中でオリュンポスの神々が助力をくれたりするし、冥界にもハデスやニュクスをはじめよく知られた神や英雄が登場したりもする。またアキレウスなど有名な英雄も登場する。みんな死んでるからね。

このゲームで一番すごいと思うポイントは、製作者が重度のギリシア神話オタクだということだ。まず主人公のザグレウスってお前らは聞いたことがあるか?俺はかろうじてあるが、かろうじてだ。昔読んだ論文にザグレウスの神話があった程度だ。ちなみに俺はギリシア神話専門ではないのであんまり知識がない。詳しい解説を聞きたかったら「ゲームさんぽ」を見てこい。

主人公ザグレウス。
父親には皮肉たっぷりだが、目上の人には敬意を払って接する好感持てる男。

ザグレウスはギリシアの密儀宗教であるオルペウス教の神話に登場する神だ。メジャーなバージョンではハデスとペルセポネーの子供、マイナーバージョンとしてハデスとペルセポネーの子供(かどうかもよくわかっていない)である。神話ではザグレウスはティタンにぶち殺された後蘇るのだが、実は「蘇る」というのはギリシア神話的には画期的なのだ。というのも、ギリシア世界観では、人は死んだら冥界に行き、地上には戻れないからだ(ゲームさんぽを見ろ)。そしてその点がローグライクと相性がとてもよかった。ローグライクでは何回も死んではまた挑戦するからだ。

なお余談だが、オルペウスは妻エウリュディケを取り戻すために一度冥界に行って戻ってくる。結局エウリュディケを取り戻すことはかなわなかったが――この神話は日本のイザナキの冥界探訪とよく比較されるが、地域の遠さなどから同根であったり影響関係にあったりということは考えにくく、恐らくは収斂進化的なロジックで、つまり偶然類似の要素が成立したと説明されるのが定説だろうが――それはそれとして、オルフェウスは輪廻転生を信じるオルペウス教の開祖とされている。さらに言うと、ペルセポネーは冥界のザクロを食べてしまったために冥界から完全に去ることはできず、一年のうち数か月を冥界で過ごさざるを得なくなり、それが冬である(豊穣の神であるペルセポネーの母デメテルが悲しむので)という季節の起源神話にもなっている――またこの点も日本の黄泉戸喫(イザナキの妻イザナミが黄泉の食べ物を食べてしまったために地上に戻れなくなった)に似ているという不思議がある。

ハデスというとどういうイメージを持つだろうか。俺はディズニーのハデスが出てくる。しかしこのゲームのハデスは古代ギリシアの信仰に忠実で、宝石をめちゃくちゃつけている。なぜハデスが宝石で飾るのか? それは彼が地下の神だからだ。宝石、すなわち鉱物は地下に眠っており、地下とはハデスの領域だからだ。なのでハデスは鉱物の神でもあり、鉱物は全てハデスに属するのだ。

ハデス。手や腰に宝石がたっぷり。髭もたっぷり。

ザグレウスが通過する冥界の領域の中には、エリュシオンがある。エリュシオンとは、ギリシアの神話的世界観で、生前活躍した英雄が赴く楽園である。エリュシオンといえばふつう世界の西の果てにある島だと思っていたのだが、なぜエリュシオンが冥界の一部になっているのか浅学な俺が不思議に思って調べてみると、どうやらエリュシオンが地下にあるというバージョンもあるらしい。オタクすぎる。

ザグレウスに助力する神々の中にはオリュンポスの神々以外に、カオスがいる。カオスとは、ギリシア神話において原初に存在した最初の神である。カオスは「混沌」と訳されることが多いが、ギリシア神話的には「空隙」などと訳される。すなわちこの世の始めに空間(カオス)があり、そこから大地(ガイア)が生まれ、大地は空(ウラノス)を産み、大地と空が交わってティタンたちが生まれ……というのがヘシオドスなどにおける創世神話になっている。カオスから助力を受けるときは、穴を下ってどことも知れない茫漠とした空間に赴くのだが、この描写はギリシア神話的に極めて正しいと言えるだろう。

空っぽの空間自体がカオスである。

『黒いアテナ』(Black Athena) って知ってるか? 20世紀後半に出版された本で、ギリシアの発展がアフリカの影響を強く受けていると主張し、「黒いアテナ論争」と呼ばれる大きな議論を巻き起こした話題作だ。本作の「黒いアテナ」は明らかに本書を意識しているのである。オタク君さあ……(感心)なおアテナの兄であるアレスも肌色は黒である。オタク君さあ……

黒いアテナ

とにかくHADESはギリシア神話オタクが作ったゲームであることは間違いなく、オタク特有の細かすぎる抑えきれない愛が随所に滲み出ている。ローグライトアクションゲームとしての質も高く、何時間でも遊ぶことができる時間泥棒だ。だいたいローグライクは1プレイのサイクルが短いので何度も遊べてしまう。本作も1時間前後で1プレイが終わり、成長や拡張要素も豊富でやりこみの奥が深い良作と言える。買って損はないことをこのアイルランド神話オタクが保証しよう。

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