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映画TOVE ムーミンバレーを生み出した愛と葛藤の日々

フィンランドの代名詞ともいえる、ムーミントロール。ユニークで可愛いあのキャラクターを知らない、という人はいないのではないでしょうか。小説を数話しか読んでいない私でも心惹かれるのが、個性豊かなキャラクターたちと、その独特のユーモラスでかつシリアスな世界観。国や世代を超えて、なぜこんなにも多くの人々を惹きつけてやまないのか――その秘密を知りたく、作家トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画「TOVE」を観ました。

https://klockworx-v.com/tove/

トーベは1914年フィンランドのヘルシンキに生まれます。父は有名な彫刻家、母は挿絵画家という芸術一家で、環境や才能に恵まれながらも、厳格で正統派の父や保守的な芸術界には受け入れられず、自分を取り巻く世界との軋轢に苦悩していました。自らの創造性を信じながらも「芸術家」としての評価を得られないことに苦しむ彼女は、それでも自由と愛を求めて、自分に忠実にひたむきに生き続けます。ムーミンのキャラクターたちは、そんな自身の姿を投影したものでした。

映画では、無名時代のトーベの理解者であり、彼女が心から愛した二人の男女、アトス・ヴィルタネンとヴィヴィカ・バンドラーとの出会いと複雑に絡み合う関係、そして「芸術」という価値観に何よりがんじがらめに縛られていた自分自身をついに開放し、ムーミンを世に送り出すまでの軌跡が描かれています。高名な芸術家である父に認められたいという切なる願い。同性愛が犯罪とされていた時代に貫いた、ヴィヴィカへの純粋な愛。家賃が払えなくとも、決して他人の――それが恋人といえども――庇護を受けることなく、自らの才能だけを信じて前を向き続ける真っすぐな強さ。表情豊かな彼女の輝くような笑顔と相まって、それらはあまりにもまぶしく、見る者の心を締め付けます。

特に心打たれたのは、ムーミンの物語を『子ども向けの漫画』と位置付け、あくまで本業は絵画きであることにこだわり続けた彼女が、自分の生み出したムーミンの魅力――芸術にはない、子どもの心を動かす力――をついに受け入れた瞬間でした。やりたいこととできることが一致せずに、苦しんだ経験を持つ人は少なくないのではないのでしょうか。トーベのように、自分を客観視する痛みを経験し、あるがままの自分を受け入れた先には、必ず自分自身の人生が広がっていく――彼女のその後人生をみても、それは明らかです。

ムーミンたちキャラクターが生み出す世界観は、単なるファンタジーではなく、極めて厳しい現実をたくましく生き抜いた、彼女の人生が生み出したものです。だからこそ、その哲学は、時代を超えてそれぞれの厳しさを生きる人々の胸を打つのでしょう。

映画の最後には、トーベに別れと再生が訪れます。「漫画、演劇、小説、絵画、全部やりたい」という言葉を現実とした、その後の彼女の生き様に改めて感服し、彼女の作品をもっと知りたいと改めて思いながら、映画館を後にしました。

 

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