心の傷とともに生きる~心理的逆境体験:ACEs~
目次
・ACEsという概念
・ACEsが脳に与える影響
・ACEsの長期的影響
・主観的体験としてのACEs
・ACEsに関して私が思うこと
こんばんは!世間知らずな医学生、渡邊です!
エジンバラでは先日オーロラを見ることができました!かすかでしたが、寒い中1時間公園で待機したかいがありました。
早速ですが今日は「~逆境的小児期体験:ACEs~」というテーマで記事を書きたいと思います。
当たり前ですが、社会には様々な性格や気質の人がいます。優しい人、怒りっぽい人、明るい人、ひねくれた人。皆さんの周囲にも、これらに当てはまる人がたくさんいるのではないでしょうか。
ではこのような人の性格や気質はどのように形成されるのでしょうか?結論からいうと、遺伝子とその人が育つ環境によって形成されると言われています。特に近年の研究では、子どもが環境から受ける影響の大きさが示唆されています¹。
そこで今回は、逆境的小児期体験(Asverse Childhood Experiences : ACEs)が、その後の人生にどのような影響を与えるかに関して書いていきたいと思います。
逆境的小児期体験(ACEs)の定義は明確に定まっておらず文献によってまちまちですが、18歳までの小児期の虐待や両親との死別、貧困、ネグレクト、両親のアルコール依存、いじめなどを指します²。
ACEsが注目されたのは、1998年にアメリカの内科医であるVincent Felittiらが9508人を対象とした研究で、ACEsと生活習慣病や精神疾患、薬物依存、さらには死に直結する病である冠動脈疾患や脳梗塞などとの関連を報告したことにはじまります³。具体的には、4項目以上のACEsを経験した人はACEsを経験しなかった人と比べて喫煙率がオッズ比2.2(2.2倍のようなもの)、薬物注射歴がオッズ比10.3倍、アルコール依存がオッズ比7.4、冠動脈疾患オッズ比2.2、脳梗塞オッズ比2.4、糖尿病オッズ比1.6などという結果でした³。
ではなぜ小児期の体験であるACEsが、時を経てこのような病気や不健康な行動を引き起こすのでしょうか?このメカニズムについて、科学的な説明がなされています。
結論から述べると、脳の発達の重要な時期である小児期にACEsによって強いストレスに曝される(もしくは曝され続ける)と、ストレス中枢が正常に発達せず、大人になってもストレスをコントロールできなくなってしまうことが原因であると言われています。実際に、ACEsを経験した人では、ストレスに関連する脳部位の大きさが異なるといった研究もなされています⁴ ⁵。
*医療者向け
ACEsはコルチゾールなどのストレスホルモンが高い状態を引き起こすため、視床下部‐下垂体‐副腎系を含む神経系、内分泌系の発達に長期的な悪影響を与えると言われています⁵。これにより、大人になった後もストレスホルモンの値が高い状態になりやすくなり、ストレスにうまく対処できなくなってしまいます。脳の形態的変化としては、脳梁や海馬、偏桃体、さらには視覚野などにも萎縮が見られるといった報告があります² ⁴ ⁵ 。
日常的なストレスに状況に対処するため、多くの病気の原因となる喫煙や飲酒、過食、危険な性行動に走ってしまうと言われています²。
また、ストレスホルモンが高いと、感情の制御が難しくなることも知られています² ⁶。感情の制御ができないことにより、
・幼少期から友人作ることができず、言語発達が遅れる
・集中力も欠くため、学業面でも遅れをとってしまう。
⇓
・感情の起伏が激しく友人関係を維持できない。
⇓
・友人など周囲にいる人が少なくなり、社会からの援助が減少する。
⇓
・ストレスに対処するため薬物などの危険な行動に走りやすくなる。
⇓
・心筋梗塞などの病気を発症しやすくなる。
といったモデルも提唱されています⁷。
極端な例にはなりますが、刑務所に入所している男性の75%(123人/163人)がACEsを経験していたという報告も存在します⁸。
また重要なのは、ACEsがあくまで主観的な経験であるということです。
①ACEsが存在した客観的事実があるが、ACEsを受けた自覚はない。
②ACEsが存在した客観的事実があり、ACEsを受けた自覚もある。
③ACEsが存在した客観的事実はないが、ACEsを受けた自覚がある。
の3グループで精神疾患の発生件数を比較した研究では、②と③のACEsの自覚があるグループで件数の上昇が見られました⁹。
客観的尺度では同じ程度の逆境体験でも、個人によって捉え方や受け取り方が異なるという点に注意しなければなりません。小学生の頃大人から、「いじめは受け手がいじめられていると感じたらいじめ」だと言われた記憶がありますが、この指摘は的を得ているように思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます!記事を通して皆さんはどのような感想を抱かれたでしょうか?
私たちは人について語るとき、「あの人は優しくて良い人だ」とか、「あの人は性格が悪くて嫌いだ」などと、その人に関して得た情報をもとに何かしらの”判断”を下す傾向にあると思います。私たちはどのような情報をもとに、このような判断を下すでしょうか?その人と話した時の記憶や、その人が起こした特定の出来事といったところでしょうか。いずれにせよ、私たちがあてにできるのは、その人の表面上に現れてくる特定の一部分のみです。
「ある人はこういう人だ」と判断を下すのは、その人にある種のレッテルを張る行為であり、中立的な立場からその人についての正しい情報を得ようとする意欲を奪うものです。
私たちは皆、程度の差こそあれ何かしらの逆境的な体験をこれまでに経験しているはずです。ACEsという概念とその影響を知ることで、人の性格に対して即座に判断を下すことがいかに安易で残酷であるかということに気づかされます。世の中で「悪い人」とされている人達は元来「悪い人」なのでしょうか?犯罪の「加害者」はある意味では被害者なのではないでしょうか。
ACEsの理解は、世の中のより多くの人を肯定するまでいかなくとも、一旦その人を受け入れ、その人について考えるエネルギーを私たちに与えてくれるように思います。
ACEsの概念が広まり、よりお互いを認め合う社会になることを祈るばかりです。
今後も自分のペースで記事を書いていこうと思います!最後まで読んでいただきありがとうございました!ではまた!
※記事の内容は2024年10月20日時点で私が知りえた情報をもとにしています。誤りや不適当な表現等ありましたらご指摘お願いいたします。
参考文献
1) 藤澤 隆史ほか. 児童期逆境体験(ACE)が脳発達に及ぼす影響と養育者支援への展望. 精神神経学雑誌. 122(2):2020,p.135-143. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I030283405
2) Fujiwara, T.(2022) ’Impact of Adverse Childhood Experience on Physical and Mental Health: A Life‐course Epidemiology Perspective.’, Psychiatry and clinical neurosciences, 76(11), pp. 544–551.
3) Felitti, V J et al. (1998) 'Relationship of Childhood Abuse and Household Dysfunction to Many of the Leading Causes of Death in Adults: The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study', American journal of preventive medicine, 14(4), pp. 245–258.
4) McEwen, B S. (2000) 'Effects of Adverse Experiences for Brain Structure and Function', Biological psychiatry 48(8), 721–731.
5) Cohen, R A et al. (2006) 'Early Life Stress and Morphometry of the Adult Anterior Cingulate Cortex and Caudate Nuclei', Biological psychiatry, 59(10), pp. 975–982.
6) Andersen, S L., and Martin H T. (2008) 'Stress, Sensitive Periods and Maturational Events in Adolescent Depression', Trends in neurosciences (Regular ed.), 31(4), pp. 183–191.
7) Parent-Infant Foundation(2022) "Understanding early trauma" Available at: https://parentinfantfoundation.org.uk/wp-content/uploads/2022/06/Jacks-story-infographic.pdf
8) Carrie P D., (2014) 'Social support among releasing men prisoners with lifetime trauma experiences', International Journal of Law and Psychiatry,
37(5), pp. 512-523
9)Danese, A., and Cathy S W. (2020) 'Objective and Subjective Experiences of Child Maltreatment and Their Relationships with Psychopathology', Nature human behaviour, 4(8), pp. 811–818.
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