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【記録】テイラー、藤原保信、宮本常一、苅部直、ルソーほか

2月のことはあんまり覚えていない。はやばやと過ぎていった。あるときふと、ルソーを読もうと思って、いろいろ関連書を買い込んだけど、結局ほとんど手を付けられなかった。唯一読めたのは『孤独な散歩者の夢想』が収録された『ルソー・コレクション 孤独』だけだったが、これは本当に読んでよかった。

そういえば「書物復権 2023」の候補のなかに、『自然と社会』という本があって、どうやらそれはルソーのいくつかの著作からそのエッセンスを選り抜いて一冊にまとめた本らしい。もし、めでたく復刊したとしたら、買い求めたい。いつ来るとも知らぬルソー月間のために。

筧菜奈子『いとをかしき20世紀美術』

マンガで学べる現代アート。デュシャンからスミッソンまで。作風やイズムが生まれてきた背景がわかりやすく解説され、作家たちの言葉も要所要所で引用される。ブックガイドもついていて懇切丁寧で、ほんとに素敵ね。

ジャン=ジャック・ルソー『ルソー・コレクション 孤独』

誰よりも愛に満ちた、もっとも誇り高い迷惑行為者であるところのルソーが、最後に辿りついた場所。あるいはそこから眺めた風景。思索と散策。無媒介への憧れ。いつでも自分に正直であろうとしたルソー。そうあることを自分に厳しく課し続け、それゆえ同じことを相手にも課してしまった男。彼はみんなが自分を裏切ったと言うが、いったい誰がルソーと同じ激しさで人間関係にコミットできるというのか。ああ!あなたはなんて面白い人なんだ、ルソー。厄介なことに面白すぎるルソーの『孤独な散歩者の夢想』。「第四の散歩」の複雑に散らかった内面表出と、それに続く「第五の散歩」の心象と風景が溶け合った描写。ふたつの散歩のするどい対比がエクセレント。

ジョン・T・カシオポ、ウィリアム・パトリック『孤独の科学』

人は社会のなかで生きる動物として進化してきた。だから、誰しもつながりを求めずにはいられない。我々が時に悩まされる、痛みを伴う孤独感はいわば、社会から離れることの危険を知らせるシグナルなのである。そして厄介なことに、あまりに強い孤独感は頭も体も悪くする。つながりの中で生きる人間は協力的な種であり、それを可能にしているのは高い実行制御、自己調整能力だが、孤独はそうした人間ならではの能力を明らかに鈍らせてしまうのだ!…という内容の本。孤独の弊害を、進化論や神経科学の知見を用いて、手を替え品を替え教えてくれる。

宮本常一『塩の道』

われわれの暮らしの地層を掘っていく。宮本常一の語る歴史には、いい意味で世間話と地続きの伸びやかさとやわらかさがある。『塩の道』は宮本最晩年の傑作だが、そこでは歴史が単なる人名や数値の寄せ集めとしてではなく、あくまで目に見え、手に触れられるものとして掴み取られている。

チャールズ・テイラー『〈ほんもの〉という倫理』

テイラーは「ほんもの」という倫理を、他者による承認という前提のもと肯定する。独善的で引きこもり型の「ほんもの」信仰はたしかに近代の病理と言うべきものだが、だからといって簡単に「ほんもの」という理想、その地平を葬り去るのは行き過ぎというものである。近代社会の所産の丁寧な切り分け作業。言うまでもなく、そのためには深い学識と多大な紙幅が必要だろう。この本はいわばダイジェスト版だが、大著にも挑戦してみたいと思わせられる。特に芸術や表現論と絡めて「ほんもの」について語るところは目から鱗だった。

苅部直『日本思想史への道案内』

あまり詳しい分野ではないので、勉強になった。とりわけ、二章、三章、五章が面白かった。教科書的な「徳川幕府は儒教で支配していた」という通説は既に津田左右吉によって否定された学説らしい。あと、国学について、朱子学に対する古学の批判的立場がまずあり、そのスタンスや方法論を日本の古代研究に転用する形で国学が生まれてきた、みたいに説明には、ああそうだっけ? と思った。和辻や丸山のコメントに触れることで、日本思想史研究という営みに対する入門することができるおもしろい構成の本だった。

藤原保信『自由主義の再検討』

コミュニタリアニズムの視点からの、近代政治思想の振り返り。やや古くなったが、今でも十分おもしろい。各人でのバラバラの善の追求を肯定するがゆえに、ある厳密な正しさの定位が必要となる、それがロールズ以降の現代リベラリズムの重要ポイントだが、そこに至るまでの系譜を簡潔ながら丁寧にまとめることで、その問題点がくっきり見えてくる構成になっている。こういう思想史ではやや居場所を与えにくい、マルクスおよび社会主義にけっこう大きな役割が与えられており、それがまた類書にない本書の魅力になっていると思う。

ブライアン・ヘア、ヴァネッサ・ウッズ『ヒトは〈家畜化〉して進化した』

前半ではヒトが自己家畜化によって、寛容で協力的な生物としての進化を辿ったことが説明されている。家畜化による身体や外見の変化など、面白い話がたくさん。後半では人間の持つ残酷さが、非人間化という視点から考察される。人間は仲間に対しては協力的にふるまうが、それ以外に対しては恐ろしいほどの暴力性を発揮することがある。それを可能にするのは、他者を人間ならざるものとして扱うことにほかならない。われわれは寛容でありかつ残酷という、一見すると正反対な心を備えもつ。それが寛容さゆえの残酷さなのだということがよくわかった。

…2月はこんな感じだった。
来月もたくさん読めたらいいな。

金には困ってません。