マガジンのカバー画像

本読みの記録(2016)

80
ブックレビューなど書物に関するテキストを収録。ブログ「ブックラバー宣言」に発表したものをベースにしていますが、すべての文章について加筆修正をおこなっています。対象は2016年刊行… もっと読む
運営しているクリエイター

2017年5月の記事一覧

道徳教育が成功した例はありません!?〜『みんなの道徳解体新書』

◆パオロ・マッツァリーノ著『みんなの道徳解体新書』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年11月 「日本人の道徳心の低下」を嘆く声はいつの時代にもある紋切型言説の代表例です。だから道徳教育を強化しなければならない。とつづくのもお決まりのパターン。パオロ・マッツァリーノは、1950年代にもみられたそのような意見を引いて「人間って、いつの時代もおんなじことをいってるんですね。とどのつまりが、少なくともこの60年間、日本人の道徳心にはほとんど変化がなかったということです」と冒頭で

昭和史を貫く「悪の構造」〜『21世紀の戦争論』

◆半藤一利、佐藤優著『21世紀の戦争論 昭和史から考える』 出版社:文藝春秋 発売時期:2016年5月 昭和史に詳しい作家・半藤一利と元外務省主任分析官の佐藤優による対談集。書名からもわかるように、ここで議論されているのは戦争を軸としてみる昭和史です。具体的には、七三一部隊、ノモンハン事件、終戦工作、軍事官僚機構などが検証・考察の対象となっています。 歴史的事実から思考を組み立てようとする二人の対話は「神は細部に宿る」の格言を地でいくがごとく時に細かな議論にまで立ち入りま

書物には様々な出会い方がある〜『読んでいない本について堂々と語る方法』

◆ピエール・バイヤール著『読んでいない本について堂々と語る方法』(大浦康介訳) 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年10月 まず書名を見て、ある種の疑念を感じる人がいるかもしれません。多忙なビジネスマンや学生に向けた安直なハウツー本のようなものではないか、と。あるいはそのような方法があるなら是非知りたいと期待する読者もいるでしょうか。でも実際のところ具体的な方法やスキルが書かれているわけではありません。基本的にはユーモアや諷刺精神が随所にまぶされた読書論・教養論の書といっ

人間社会の枠組み自体を変えるもの〜『戦争とは何だろうか』

◆西谷修著『戦争とは何だろうか』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年7月 戦争とは何だろうか。本書では、現在の戦争を理解するために世界の状況の変化につれて戦争がどう変わってきたのかを、主に近代以降にしぼって概観します。いわば近代の戦争史、あるいは戦争という出来事からみた世界近代史といえましょうか。戦争という行為の善悪をひとまず括弧に入れたうえで、その変遷を哲学的に検証している点に本書の特徴があります。 戦争とは何だろうか。この一見素朴な問題提起による歴史的検証は実に奥