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上手な叱り方を探して〜ドスをきかせる

子供が生まれてしばらく、叱ることが怖かった。
「あなたは叱って育てるタイプ、弟はほめて育てるタイプ」
母は口癖のようにそう言っていて、私は怒られてばかりいた。母はとても感情が豊かなので、怒る時も感情的だ。今振り返っても「あんなこと言わなくて良いのに」と思うような言葉ばかりが記憶に残っている。
 
なので、いざ子供が生まれて、子供が何かイタズラした時もどう叱って良いかわからずオロオロするばかりだった。
結婚前にシナリオライターの仕事をしていたから、言葉に関しては普通の人より得意なはずと思っていたけれど、回りくどい説教は子供には通じないし、独身時代にカウセリングや心理学を学んでいたせいか「怒られる側の気持ち」ばかりが気になってしまい傷つけるのが怖かった。

昔、友人の赤ちゃんに、クリスマスプレゼントを渡したことがある。確か、カラフルなガラガラを持っていった。
プレゼントを渡すと、友人は言った。
「わー!クリスマスプレゼントだって!〇〇ちゃん!嬉しいねえ〜!」
彼女は子供を抱き上げ、ガラガラを振って見せた。赤ちゃんがケラケラ笑って、私も幸せな気持ちになった。
「こういうの、良いなあ」とその時しみじみ思った。
子供に寄り添って、共に喜ぶ。いつか私にも子供が生まれたら、こんなふうに、子供と同じ視線でいろいろなものに感動したり喜んだりしたい。

でも、誰かが子供を叱っているのをみて
「こういうの、良いなあ」と思ったことはなかった。

長男は「とにかく寝ない」以外は、育てやすい子供だった。健康で明るく、人見知りも場所見知りがないので気楽に出かけることができ、私の世界を広げてくれた。

そんな息子もいつも天使なわけではない。
大抵のものは手渡すと、すぐに口に入れてガリガリ。クレヨンも折り紙も渡すと全部ぐしゃぐしゃ。公園に行けば、靴も靴下も服もドロドロ。
夕方になれば「たそがれ泣き」が始まって、おんぶしながら夕飯作り。

中でも困ったのは、旦那さんが大切に育てている花を切ってしまうこと。夕方、機嫌良く庭で遊んでいるから良いやと目を離したスキに、咲いたばかりの水仙を息子が摘み取ってしまったのだ。

正直、私としては他人に迷惑をかけているでもなし「まあ仕方ないか」と思う側面もあったのだが、旦那さんにしてみたら数ヶ月間大切に育ててきて「やっと咲いた!」と喜んでいたところを、無残にバッサリハサミで切られてしまうのだからその怒りと落胆は激しかった。私にまで「どうしてみてなかったんだ」とトバッチリが来てしまった。
普段はやさしくて、育児にも家事にも協力的な彼のがっかりぶりをみて、これは二度とさせてはいけない、と誓った。

でも、それを防ぐには日がな一日息子に張り付いて見張っているか、テレビを見せるしか思いつかなかった。どちらも非現実的だしやりたくない。
「やってはいけないことだよ」ときちんと言い含めなければならない。
ところが、何と言って良いかわからない。イヤイヤ期前の一歳半。その日まで、息子をたくさんほめてきた。でも、本気で息子に向かって怒鳴ったり怒ったことは一度もなかったのだ。
「ここは叱らなきゃ」と思っても、つい怯んでしまう。

母のように感情的になってしまうのではないか。
エスカレートして、大人になってもなお、トラウマになる言葉を言ってしまうのではないか。

そう思って、言葉を選びすぎてしまうのだ。
「ダメ」という言葉もなるべく使わないでいた。
かなり怖いつもりで「いけません」と怒っていたら、夫が「君、全然怖くないねえ」と笑う。
「え?ウソ……怖くない?」
「全然。迫力ないよ」
「えー……」
これ以上迫力を出すとしたら、般若のような顔で怒った実母のバージョンしか思い浮かばない。あれは絶対にやりたくない。NHKの子育て番組を見ても
「子供をたくさんほめましょう」とか「行為は叱っても、子供を否定することは言わないように」という話が多くてわたしの疑問は解決しない。ああ、カウンセリングやら心理学やら勉強したのに、1歳半の子に「花を切ってはいけない」ことすら伝えられないなんて。

その頃、たまたま息子の健診があった。その場の雑談で、私はぽろっと、その時の悩みを先生に話した。すると、自身も男の子がいるという女医の先生は、ふふっと笑って言った。
「あー高い声で怒っても、こども、喜ぶだけだけよー。怒れば怒るほど、ケラケラ笑うでしょ?」
わあああ、ここにいた。私の悩みをそっくりそのまま理解してくれる人が!砂漠でオアシスを見つけた気分だった。
「そう、そうなんです!なんでわかるんですか?」
「わかるよー。怒ってるのに笑うから余計イライラするよねー」
「わたし、怒鳴ったり、手、挙げたりしたくないんです……どうやったら上手に叱れるんでしょう?」
「あのねー低い声でいうの。ドスの効いた声で。結構響くみたいよ」
「低い声、ですか?」
「そうすると、いつものママと違うって、思うみたい。あとね、姿勢を低くして子供と視線合わせてね。上からやると怖いから。やってみて」
「やってみます!」
そんなわけで、まずは鏡の前で、低い声で「いけません」と言ってみた。
怖いかな?聞いてくれるかな……。
結構喉に負担がかかる。ダミ声が地声になったらどうしよう。
でも、背に腹は変えられない。ちょうど、息子がティッシュから紙をバンバン引き出して遊んでいたので、わたしは息子の手を取り、しゃがんで言った。
「いけません」
なるべく低い声で。ドスをきかせて。
息子は、きょとん、と私を見た。お、いつもと違う反応?ふっと気が緩む。途端にきゃっきゃっと笑ってまたティッシュを引き出す。ティッシュケースを取り上げ、もう一度言った。
「いけません」
もっと低く。もっとドスをきかせて。緩まないように、口元に力を込め、ぎゅっと見つめる。
息子は真顔になり、首を傾げた。ティッシュは諦めたようだ。おお、この手、つかえるかも?!

それからは、子供を叱らなければいけないときは、なるべく低い声でなるべくドスをきかせるようにした。夫からは相変わらず「怖くない」と笑われたけれど、効果は少しずつあった。

夫の花たちはそれから何度か被害にあったが、今は子供たち二人とも大切にするようになった。(でもそれは、私の叱り方が奏功したのではなく、腹にすえかねた大阪人の夫の巻き舌の怒声のせいだと思う。ただし夫は一言怒鳴るだけであんまりくどくど言わない。そして夫の方法は逆立ちしても私にはできない)

「低い声でドスをきかせて叱る」方法は、私に一番恩恵があった。その後に訪れた「イヤイヤ期」前にこの方法を知っていたことで、カーッとなったまま怒る回数は断然少なかったと思う。叱らなくちゃ!という時、低い声を意識することで一瞬冷静になれる。それに、カーッとなっていると低い声って出ないのだ。
年月を経て、今ではだいぶ迫力が出てきた。いろいろ試して、迫力を出すにはお腹に力を込めると良い、というのもわかってきた。
子育てサークルで教わった「3言以内で叱る」ルールも加わり、最近では喉に力を込めて、なるべく低い声でお腹から「こら!」というと息子二人ともびくっと止まって私の顔をおずおずと見る。今なら1歳半の子に花を切るのはいけないことだと教えられるかもしれない。

カーッと頭にきて怒っているわけではないから(そういう時もある)、悪さの行為が止まれば、私も穏やかな表情で話ができる。

そんな日は「上手に叱れるようになったな」と自分をほめることにしている。
これから先、思いも寄らないトラブルが起きるだろうし、その時々、冷静でいられるかはわからないけど、いつか「クソババア」と言われたとき、ドスをきかせて、思春期の少年をたじろがせるくらいの迫力を持って対峙できるように、私の修行はこれからも続く……のだ。


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