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アーモンド・スウィート

 川和田康弘(やすひろ)は一ヶ月後の地区対抗のバスケットボール大会のことで頭がいっぱいだった。まだまだ練習が足りない。同地区で東京都大会常連の鳳凰小学校は頭一つ抜けている存在としても、決勝常連の日比谷小学校か隣の駿河台小学校に今年こそ勝って、東神田小が決勝に進みたい。レギュラーメンバーは康弘と同じ一組の青山満月(まんげつ)と初谷泰志(はつたにやすし)、二組の三輪大介(だいすけ)、望月志津馬(しづま)、中村武(たけし)、三組の出水礼温(いずみれおん)、難波廉(なんばれん)、小野屋時武(じむ)、前嶋慈温(じおん)、自分を入れての十人だ。青山と難波、小野屋、前島は身長はないが足もドリブルも早い。三輪と望月は血の気が多くファールプレイが多いが、その分ゴール下に相手選手を簡単には入れさせないし、ゴール外からもイージーにシュートもさせない頼もしさがある。中村も血の気が多いしむらっ気がある。しかし身体をぶつけるようにしてゴール下に進む体力と勇気がある。出水はコート内の状況が冷静に見える。康弘と出水が同時にコートに出られる状況なら、その日のゲームを東神田小がコントロールしていると分かる。
 しかし、いま頭に浮かべたように二組の三人は頼もしいが血の気が多く、三組の三人は足もドリブルも早いが周りが見えず個人プレイに走りがちだし、困ったものだ。残った初谷はユーティリティプレイヤーなのだが、生まれつき重度の難聴があり、コートの中で声での指示が伝わりにくい。視野は広いから、「ツウ」といば「カー」という感じに反応して動いてはくれる。でも言葉で伝える指示と、感じ取る取る指示では正確さに差が出る。
 セットプレイやオプションプレイなどの作戦が沢山あれば、十人で十分に強くなれると康弘は考えていた。バスケットのことを真面目に熱く考えている自負が、康弘にはある。しかし他のメンバーはそうではない。練習が好きではない。週二回の放課後の全体練習ですら、出水をはじめ三組の四人は週一回も出てこない。二組の三人も週一回しか出てこないので困る。康弘以外の9人は、家での個人練習もしたりしなかったりで、一向に個人レベルも全体レベルも上がらない。正直いろいろ考えると悔しくて泣きたくなる。

 柳瀬幸輔(こうすけ)が、亀田益男(ますお)と山田豊臣(とよとみ)の二人に挟まれ、三人で固まって康弘の前を登校している。柳瀬は亀田、山田から抓(つね)られているのか小突かれているのか真ん中でクネクネと歩いている。
「真っ直ぐ歩けよ」益男がニコニコしながら言う。
「おまえオカマだろう。オネエか。本当のこと言えよ」豊臣も面白くてしょうがないという感じだ。
「違うよ。亀田くんと山田くんが、真っ直ぐ歩こうとするのを邪魔するから…」嫌がってるのかもしれいが、喜んでいるとも聞こえる高い声で幸輔が答える。
「邪魔してなんかないだろう。いつしました。何時何分何秒にしました」
 ますます二人は面白がり、幸輔に悪戯する。
「変な言いがかり言うと輝くんと二組の須田くんのお父さんに言って逮捕してもらうからな。裁判にかかって、お前もお前の親も刑務所に入れるからな」平石と須田の父親は警察官なのだ。豊臣は二人の父親に幸輔を逮捕させると、無茶苦茶な脅しをかけている。
「困るよ。父ちゃんも母ちゃんも忙しいんだから止めてよ」本気にしなくても良いのに、幸輔は二人に許しを求めた。
「言いがかりを言われて、逮捕止めますってことにはならないだろう」
 「なあ?」と豊臣が益男に頷く。
「今すぐ真っ直ぐ歩くか。明日の朝、ぼくと山田に謝罪の意味で千円ずつ持ってくるか、だな」
 益男たち二人はますます増長する。今度は遠慮無く幸輔を両側から小突いたり膝蹴りしたりしだす。
 後ろから見ている康弘はフーッと溜め息が出る。何所でもイジメはある。無くすように学校が行動しても、普段の何気ないところで気軽にイジメが起こる。だいたい気の弱い柳瀬が悪いのか、朝から気軽にイジメをする亀田、山田の二人がいけないのか判断しきれない、が。見せられた康弘は朝から気分が良くない。
 柳瀬へのイジメは毎日の事で、朝だけのことではない。康弘をはじめクラスの大半が関わらないようにしている。柳瀬が自分の力で解決しなければイジメは終わらない。嫌なら嫌と、痛いなら痛いと自分の口ではっきり言って戦わなければ成らないと思う。誰かが、いつか助けてくれると期待してはいけない。助けようとするバカが居るにはいるが、あれに頼ってはいけない。いつの間にか、自分への問題とすり替えて、事件を大きくするからだ。柳瀬があいつの助けを断ったと聞いた。正解だと康弘は思う。だったら自分で解決しないとイジメは終わらないだろう。

 それよりバスケットの練習に、どうやったら9人が参加して貰えるか。
 毎日考えているが、有効な方法がない。本当に悩ましい。

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