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アーモンド・スウィート

 一つ10㎏はあるだろう鉄製の型に、皮になる白い特製の小麦粉液をトロリと流し、自家製のコクのある餡を真ん中に一口羊羹くらいドンと置いて、また小麦粉液を餡の上にかけ、鉄製の型を直火に戻して焼いてゆく。十くらいある型を山崎三保子(みほこ)の父がコロコロと転がし、鯛自身はこっがりと回りの羽はガリガリと墨色に、美味しそうな鯛焼きが次々と焼かれていく。三保子の家は天然の鯛焼きが自慢の鯛焼き屋だ。鯛焼きの他は、焼きそばもお好み焼きも、もんじゃ焼きも大判焼きも作らない。ただ、自慢の餡を使ったかき氷が夏に、餡を使った餅入りぜんざいが冬に出る。かき氷も氷あずきと言うような物ではなく、氷饅頭といった感じかジャンボ氷ぼた餅といった感じか。餡が氷の山から受け皿にこぼれるほどかかっている流行のかき氷スタイル。ぜんざいも、作りたての半殺しの餡こ熱々の中に餅を入れたらさぞ美味しいだろうと、和菓子屋さんの料理場を見た人は一度は考えたと思う。そんな感じのぜんざいを出す。山崎三保子の家の自慢は一に餡こ、二に天然にこだわった鯛焼きだ。
 秀嗣は鯛焼きが食べたくて、今日も学校の帰りに寄り道をして、三保子と一緒に鯛焼き屋に来た。当然、三保子の母は、「あら、ひでちゃん」という感じに迎えてくれて、出来たての鯛焼きを秀嗣と三保子にくれる。
「来週から体育でダンスの授業が始まるらしいよ」
 鯛焼きと一緒に出してもらったお茶を一口飲んで、口を潤してから鯛焼きを頭から食べる秀嗣。
「わたしダンス得意なんだ。お母さんにダンススクールに通いたいと言ったこともあったし、E○レで放送しているE○ILEのダンス番組も必ず録画して、何回も見てる」
「あー、ダンスってセンスみられない? 下手くそだと、あいつセンスないなぁー、ダンスに見てるだけでムカついてきてないわぁ、とか言われそうだよね。」
 秀嗣は鯛焼きを一個食べ終えた。後で(秀嗣の)父にお金を貰い、自分を入れた家族分の鯛焼きを買い戻って来ようと思った。
「センスというより、リズムとキレじゃない」
 三保子は、半分まで食べた鯛焼きを持ちながら言った。
「努力はいる?」
「運動は何でも、上手くなるには努力が必要じゃない。日々の練習。ローマは一日にして成らず、とことわざにも言うじゃない」
「毎日、ダンス練習しないとダメか」
「ダンスがカッコイイとモテるよ」
 三保子は、ツンツンと秀嗣の脇腹を突く。
「ダンスがカッコイイと、女子にモテるの?」
「わたしの口から言えないけど、たぶん」
 三保子も鯛焼きを食べ終え、お茶を飲んで口を潤す。
「誰にモテるの? 一番ダンスにメロメロになる女子って誰?」
「わたしの口からは言えないけど、どうだろう」
 彩葉はダンスが好きだろうか。興味ないような気がする。彩葉の基準は別の所にあるような気がする。じゃあ、佐久間瑠衣かな…半分アメリカ人だからってダンスが好きとは限らない。瑠衣自身はダンス上手そうだけど。と秀嗣は思った。
「渡辺珠恵、ダンスの上手い男子好きかな?」
「渡辺さんか。たぶん……どうだろう。渡辺さんが好きなら、渡辺さんの前で踊ってみたら」
「いやー、恥ずかしいよ。それに…睨まれるだろう?」
 秀嗣は彩葉の顔を思い浮かべて言った。
「誰が睨むの、女子? 男子?」
「男子じゃないかぁ?」秀嗣は誤魔化した。
「渡辺さんを好きな男子にかあ。それはあるかも」
「だろう。誰が渡辺さんのこと好きなんだろう。女子の中で噂とかないの? 男子の誰が、女子の誰のことが好きらしいて」自分と彩葉のことが噂されていないようだと秀嗣は勝手に思ってみた。なので少し、女子の中の噂を探ってみた。
「渡辺さんのことを好きだと噂されている人? んー…」
 三保子は秀嗣が、アピールする女子に珠恵の名前を出したことに実は驚いていた。中嶋彩葉と秀嗣があやしいと話しが回ってきていたが、秀嗣が珠恵のことを気にするのは以外だった。
「わたしの口から言えないけど。…言えないなー」
 三保子と秀嗣は(同い年だけど)姉弟に近い幼馴染みだから、秀嗣の本命が彩葉のか珠恵なのか分かるまで、しばらく胸にしまって置こうと思った。

 別の日。鯛焼き屋で、三保子と鯛焼きを食べている秀嗣。
「早熟の天才と言われたいだよなー」
「なに言ってるの? 意味がさっぱり分からない」
 三保子は秀嗣の目を真っ直ぐ見て、頭が正常か確かめる。
「全ての天才は十代で世に出て、三十歳になる前に死んでるんだ」
 目から見た限りまともだと思ったが、頭がどうにか成ってしまったんじゃないかと、三保子は心配になった。
「早死にしたというわけ?」
「早死にしたいと思わない。ただ…お金持ちにはなりたい」
「天才に憧れて、お金持ちになりたいんだ?」
 三保子、ますます秀嗣の考えがわからない。
「例えばお金持ちになったら何がしたいの? それとも何が買いたいの?」
「人助けがしたい。全世界の人を幸せにしたい」
 秀嗣ははにかみながら言った。
「ロックスターに憧れて、じゃないの?」
「音楽で人の心を幸せにできるかもしれない。でも、実際に貧しい人は貧しいままだし、悪い奴は見逃されているじゃない。歌にしろ、映画にしろ、小説にしろ、世界中の人を幸せにすることはできないんだよ。でも誰かがまず立ち上がらなければならないんだ。それには、いまの世の中、お金が絶対に必要だと思う」
「英雄に成りたいとか、神様に近い存在になりたいとか言うこと。ヒーローに成りたい?」
「ヒーローかぁ。悪を倒すのは天才じゃなく、ヒーローだった」
 三保子は「ああ、テレビの特撮ヒーローに憧れてるんだ」と思った。特撮ヒーロー物で頭をいっぱいにした夢見ル夢雄くんの相手を、いつまでもしていられないと思い始める。鯛焼きが乗っていた竹の笊とお茶が入っていた湯飲みを片付け、テーブルを拭いた。
「助けてもらえるなら、いますぐお金持ちのヒーロー様に助けて欲しいよ」
 急にせわしなく立ち働きしだした三保子を見上げ、秀嗣は、
「まだその力もなければお金もない。ごめん」
「いいって、あと二十年弱待てば良いんでしょ。これまで生きてきた倍待つと思えば。時間はたっぷりあるから」
 三保子はそう答えて、笊と湯飲みを店奥の流しに持っていった。

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