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アーモンド・スウィート

 秀嗣は倉岳人志と鈴木博一、青山満月(まんげつ)、及川渓(けい)バッチャンの五人で青山霊園に来ていた。青山霊園には『小僧の神様』の作者志賀直哉の墓があるから見に行こうと誘われて。
「なんで遊海まで一緒に来てる」博一が不満を顔に出して言う。
「ぼくが誘ったんだ」人志が答える。秀嗣は黙って頷いた。博一に言い返すと、秀嗣の言葉一つが百の言葉になって返ってくるから、面倒なのだ。
「志賀直哉のお墓を見に来る意味ってあるの?」博一が不満を漏らす。
「じゃあ帰ればいい。だいたい来なければ良かっただろう」満月がすぐに博一の言葉尻をとらえて言った。
「ここ霊園には、忠犬ハチ公の墓もあるらしいよ」空気がギスギスし出したので、渓がプチ情報といった感じに言う。
「ハチの墓? 犬や猫の骨を墓の中に埋葬することはできないはずだけど。忠犬となると、渋谷に銅像が建ち、青山霊園に埋葬までされるのかね」
 博一は嫌みったらしく言う。
「うん。飼い主の上野英三郎教授のお墓が青山霊園内にあるはずだね。確かハチ公の墓ではなく「忠犬ハチ公の碑」が上野先生のお墓の隣にあるんじゃないかな」人志が渓の情報の補足をした。
「ハチ公の骨、ここには無いんだ」秀嗣は素朴に質問した。
「骨は…、ハチ公の剥製が上野の国立科学博物館にあるはずだよ。その剥製に骨格としての骨があるかどうかまでは分からないなー。だから骨が剥製の中に無ければ、国立科学博物館にも無いよね。どこかにあるんじゃない」
「渋谷の忠犬ハチ公の像の下に、あるかもしれないの?」
 秀嗣は、もしハチ公の墓があるとすれば、忠犬ハチ公像がそうであれば良いと思った。そこにハチ公の骨が、ハチ公像の下に埋葬されて、実はそこがハチ公のお墓でしたというのであればふさわしいだろう。ただ国立科学博物館で忠犬ハチ公の剥製を見たことがある。そう考えるとハチ公が死んだ後、骨と皮はバラバラにされたことになる。死んだ後、皮膚と骨がバラバラさるなんて嫌だなと思った。ちょっと前に読んだ手塚○虫の漫画『ブラックジャック』に、全身の倶利伽羅悶々(くりからもんもん)が自慢の男が居て、末期の癌になり、生きるには手術が必要と医者から言われ、腫瘍(がん)の手術をするのに自慢の入れ墨に一切メスを入れずに手術してくれと言って断られ、高額の出術代を払ってブラックジャックに頼むエピソードがあった。その男は死後、自慢の入れ墨が入った自分の全身の皮膚を標本として残したと締めくられていた。別の漫画、松本○士の『銀河鉄道999』にもちょっと似たエピソードがあって。主人公星野鉄郎の母親が、機械伯爵の手で人間狩りされ、機械伯爵の城の居間を飾る剥製にされるというものだった。母親が「きれいな人間の女」の剥製にされて居間に飾られているのをメーテルと哲朗が見つけ、機械人間に復讐を誓う切っ掛けになる話しだった。秀嗣は二つの漫画を読んで、標本に成るのも剥製に成るのも嫌だなと思った。今日はまして、骨と皮がバラバラにされるのはもっと嫌だなと思った。もしハチ公が人間の都合で、皮は国立科学博物館で剥製になり大勢の人にみられ、一方の骨は丁寧に墓に埋葬され、忠犬ハチ公のファンにお参りされる。凄く変だ。
 なんだかハチ公が可哀想に思えた。
「渋谷の忠犬ハチ公像の下に骨があるわけねぇだろう。少し考えれば分かるだろう、バカ」博一が吐き捨てるように言った。
「まあまあ、一応ハチ公の碑見に行ってみない?」
 渓が博一をなだめるように言う。
「他にも有名人の墓があるから少し巡ってみる? ここまで来たついでだし」イライラした態度の博一に、逆にイライラしながら満月が言う。
「疲れることを、何でまだ続けるかね? 志賀直哉のお墓の見たんだから帰ろう」
「星新一、宮本輝、斎藤茂吉、国木田独歩といった作家のお墓もあるらしいね。医学博士の北里柴三郎のお墓もあるって」
 人志は、持っているスマホで調べ、少し興奮しながら言った。

 結局、志賀直哉の墓の近くにあった、斎藤茂吉の墓、岡本綺堂の墓、上野教授の墓とハチ公の碑を見てきた。星新一の墓と北里柴三郎の墓は少し歩くらしく博一がうるさいので今日は止めて帰ってきた。渓は用があるとかで地下鉄千代田線の乃木坂駅で別れ。人志と満月と博一はこれから塾に行くからと、新御茶ノ水駅まで来て、秀嗣と別の改札に向かって別れた。秀嗣がソラシティの半地下の広場に出る改札を出たとき、中学生くらいの男子に囲まれ、嫌々どこか連れて行かれそうになってる中嶋彩葉を見つけた。
「中嶋…。ん?」

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