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アーモンド・スウィート

 遊海の家は製本屋をやっている。神田は範囲が広く、千代田区内にある町の三分の一から半分が神田○○町という名前がつく。有名な神保町界隈をはじめ神田には出版社、本屋、印刷製本屋が多い。それは昔から公立・私立の大学、高校、中学と学校が多い所だったからだ。

 彩葉は千葉の船橋に父と母と妹二人、五人で居る。彩葉の両親は二人とも日本橋室町、日本橋茅場町の会社に勤めている。彩葉は、母と総武線で秋葉原まで行き、秋葉原で別れて山手線で神田と通っている。母は地下鉄日比谷線に乗り換えて茅場町に。父は妹二人を地元の船橋の小学校に送ってから、総武線快速で新日本橋まで一人で来ている。ちなみに妹二人は下校後、放課後は父の実家に母が迎えに行くまで待っている。彩葉は遊海が東京のど真ん中、千代田区神田に暮らしているのが羨ましく思う。

 遊海は彩葉と同じ中学に進みたいようだ。今から猛勉強して、やっと彩葉の勉強の進み具合に間に合うか、くらいの成績なのに。
 遊海は二人だけになると以外とおしゃべりなので、いつだったか、遊海から聞いた話しだが、お爺ちゃんの影響で大学まで行くつもりなんだそうだ。
 遊海のお爺ちゃんは若い頃、大学に行きたかったそうだ。でもお爺ちゃんのお父さんが反対して、大学に通うお金をだしてくれかなったので大学に行けなかったんだとか。
「誰もが大学に進むのが良いとされる時代じゃなかったんだな」
 お爺ちゃんのものまねを時々入れて話してくれる。
 お爺ちゃんは家を出て自分で学費を稼いで大学にいくという考えもあるにはあったけども、お爺ちゃんのお母さんがお爺ちゃんからみても男好きな人で、お母さんから男の人に寄って行くのか、男の人からお母さんに言い寄ってくるのか、いつも男の人の影が見え隠れする人だったとか。このままお爺ちゃんが家を出て、もしお母さんも男の人と家を出て行ったらば、遊海家は崩壊するなと感じたらしい。だから目を光らせるために、家に残ったそうだ。もしお母さんが浮気をしたら、お爺ちゃんのお父さんがどんな行動にでるか分からないから。最悪、お母さんも殺し相手の男の人も殺し、自分も自殺するじゃないかと心配したそうだ。
「祖父ちゃんたちが若い頃は、近所のあっちこっちで、盛りのついたイヌやネコのように大っぴらにくっついたり離れたりしてたんだ。普通の事だったな。浮気したとか浮気されたとかで、そりゃーあっちこっちの家で夫婦喧嘩が絶えなかった」
 遊海のお爺ちゃんは面白い人だと思う。10歳そこそこの孫にこんな話しを聞かせるなんて。もしかしたら神田っ子という人は正直な性格だから聞かせるのか。船橋と違って、都会特有の、日常から男女の悲喜交々の多さからくる無頓着からそうさせるのか。
 お爺ちゃんが実家の製本屋でバリバリ働いていた頃は、日本の景気は凄く良く、飛ぶ鳥を落とす勢いだったそうだ。
「高卒で働いても、食べて行ける時代だったんだ。それに、長生き出来るととも思われてなかった。会社を定年退職する60代70代になると、不思議と、金属疲労を起こすみたいに男たちはみんな早くに死んじまったし」
「どうせ、働いて働いて、休みもなく働いて。休みたいなーと思うころに、癌や脳溢血、心筋梗塞でコロッと死んじまう。みんなそう思っていたんだよ。厄年から十年経ったくらいに病気になるから気をつけろよ」
「祖父ちゃんのお父さんたち戦争に行って20歳から30歳前にみんな死んで、助かって帰ってきても日本を復興させるために働いて働いて、働き蟻になって最後はみんなコロッと死んでゆく」
 なんでも孫の遊海に話してくれて面白い。今度、機会があれば遊海のお爺ちゃんに直接あって話しを聞いてみたい。
「祖父ちゃんの子供の頃は戦争中だったけど、命だけ助かったことがめっけ物ののようにみんな考えるようになっていた。俺も、お父さんを手伝って働いて働いてだったな。50歳まで生きたら、戦争中の爆弾で死ぬより何倍も良いかなと思ってたよ」
「お前の父ちゃんは勉強が好きじゃなくて、高校を出ただけで一旦家を出て行ったのな。何をして生きてきたのか、バカだから家を出てたあとの8年間の記憶がないとか言って帰ってきた。悪い男に騙されたのか、悪い女に騙されたのか。今で言うブラック企業で働かされていたのか…」
だから「秀嗣は勉強して大学に行け」とうるさいと遊海は締めくった。

 遊海のお爺ちゃんの、「うんと勉強して大学に行けよ」は正解だと、彩葉は思う。今どき高卒なんて、東京の名のある四年制大学を出ていても碌な会社に就職できないのだから。バブルがはじけ、新型コロナでますます不景気になって働き場所がなくて困っている人が多いと、父と母から聞く。
 なのに遊海は将来に悲観してないようだ。
 遊海は毎週深夜のテレビで、建設現場で働く人の仕事をお笑い芸人が体当たりで体験する番組を見ているらしい。正しいかそうでないか分からないけども。
「お笑い芸人に仕事を教えたり、助けたり、監督している親方と言われる人たちは、たぶん高卒の人たちじゃないかな。親方たちは、誰もが自慢げに言うんだ、ほぼ全員年収が二千万円から四千万円あるんだって。

 YouTuberで成功している人の中には小学生、同じくらいのヤツも居て。月収は広告収入ってものらしいんだけど、月10万円から1,000万円くらいだって聞いた。

 お笑い芸人の含むタレントと言われる人の半分くらいは高卒で、多くは成功して、月100万円とか500万円とか1,000万円とかもらっているんだって」
 遊海のこの間違った情報の取り方に、彩葉はときどき目眩を感じる。
 
建設現場で働く人は体が資本だし。丈夫で体力がなければ続けられないし、数千万円手にできるまで成功しない。成功している人も一握りだと思う。多くは会社の社長さんじゃないかな。
 YouTuberのなかに確かに小学生ユーチューバーは居る。彩葉も見て関心することがある。でも多くはない。中学生ユーチューバー、高校生ユーチューバーも多くはない。多くのYouTuberは大人だ。しかも大学を出ているか、大学を出たあと会社を作って仲間と製作していることが多い。
 お笑い芸人の人でも、最近は大学を出ている人が多い。聞いた話しだと、大学生サークルのお笑いライブが盛んらしい。お笑いサークルのコンテスト、大会も数多くあるそうだ。毎年、複数コンテストで優勝したスターのような一組が卒業後、芸能界に挑戦するそうだけど、だいたい多くは成功していないらしい。これも聞いた話しだが、吉本の芸人さんたちの中でも、100組に1組くらいしか生き残れない世界なんだそうだ。あとの99組の人たちは、受け取るギャラが食べて行ける額ではないらしい。

 うんと勉強して大学に行けよ、は正解だと思う。
 そして、東京の千代田区神田に生まれ住んで居るのだから、東京の名のある大学に行くのが正解だと思う。もし仮に、遊海が東京六大学のどこかに受かって行ったのなら、またその時に偶然、町で出会ったのならば、また付き合って上げても良いと思う。
 一度は別れることになるだろう。
 なぜなら彩葉が目指している中学は女子校だから。

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