見出し画像

アンズ飴        その3

 危惧することはなかった。彼女とはその後も週一くらいの頻度で、街で買い物をしたりスィーツを分け合ったりのデートをした。
 笑顔で僕と話さなかった瞬間はなく、常に楽しそうだった。新宿、渋谷、原宿、表参道、青山といろいろな場所で僕らはデートをした。目に映る何か、話題になる物があるほうが話しやすいというのもあっただろう。まだ付き合って1~2ヵ月ということもあり真剣な話しはしなかった。つまり、話題は常にくだらなく、即物的で、お互いの人生設計について真剣に話すと言うことはなかった。どこの大学に進むつもりか、学部は何か、どんな勉強をしてどんな仕事に就きたいのか、子供の時からやりたかった仕事は何かなどの話しを彼女は巧みに避けていた。
 僕は少し物足りない気持ちになってきていた。

 この日も原宿駅を下りて、表参道に抜ける通りを表通り、裏通りを気ままに僕と彼女は歩いていた。彼女は可愛い小物が置いてある雑貨店を見つけるとすぐに入り、一個一個の小物を丹念に見て回った。ぼくは「何かプレゼントするよ」と言って彼女の側に居た。彼女は「いい…」と遠慮とも拒否ともとれる曖昧な返事を繰り返すばかりだった。
 いくつかの店を回り、人通りも少なくなった一本裏通りを歩いてたとき、僕らのこれから先について、現実的にはお互いの進路について話してみたくなり聞いてみた。
「大学はどこを受けるつもり?」
「そうね…SMART(上智、明治、青学、立教、東京理科)を考えているけど、必死に勉強しようと意気込んでるわけじゃないし」
「そうなんだ。学部は?」
「何所でも良いかな。教育でも経済でも、人文でも」
 そう言った彼女は、フフっと笑った。初めてみる陰のように感じた。
「あなたはどうするの? 来年も法学部一本?」
「そうだね。法学部か政治学部に行きたいんだ。特に弁護士や裁判官になりたいと思っていたりしないけど、政治家に成りたいとも思っていないんだけど、何となくね」
「難しいでしょ? 大学はどこに?」
「上の学校、できるだけ上の偏差値の大学に行きたいと思ってるんだ。まだ具体的に決めてないけど」
「もう浪人はしないつもりでしょ? 大学がどこでも、法学部に入れなくても、入れるところに入るつもりではいるんでしょ?」
「そこはね。親に予備校のお金を出して貰ってるし、大学の入学費も出して貰う都合上ね。二浪はダメでしょ」
 彼女も頷いたが、僕の顔に向けられてた視線を歩いている通りに並ぶショップを見るともなし流した。
「わたしね、日大に現役で入れたの。それを止めて、もう一年受験勉強してさらに上の大学を目指そうって考えて一浪したんだけど。…はっきりと、最近もう勉強したくないなーて感じたの」
「受験勉強止めるてこと?」
「ううん。受験はする。でも、来年も日大が受かったら、日大で良いかなて思うようになったということかな」
 彼女はゆっくりと首をふり、やはり僕の方を見ずに言った。
「大学へは勉強しにではなく、大学を卒業したという資格を取るために行く感じ?」
 僕は彼女に対して少し嫌みだと思ったが、頭で精査する前に言葉にしてしまっていた。
「大学に勉強しにゆく人なんて居るの?」と彼女はおかしそうに笑った。
「大学に入ったら、サークルに入って。朝から晩まで遊ぶでしょ。女は大学を卒業したあとは男性優位社会の壁に阻まれて、好きなようには働けないって常識。だから男社会に負けないように、キャリア(ウーマン)を入学の時から目指し勉強するか、(人と人の)繋がりをひろげる為に大学にいる間は遊び回ってコネクションを作るかだと思う。わたしはもう勉強したくないから、コネクションを沢山広げて、良い感じに生きていこうと決めたんだ」
 彼女の考えを聞き、僕は何て応えていいのか分からないから黙っていた。
「以外だった? ガッカリした?」
 言葉のニュアンスと違い、彼女は硬い言葉つかいで、目を僕に向けることなく聞いてきた。
「なんて答えたらいいんだろう。君が決めたことだったら、僕は…」
「そう私が全部決めたこと。親にも、高校の先生にも、中学、高校のときからの友達にも、だれにも相談せずに。もう勉強で無理しない。猛勉強しないで入れる所に入って、そこで人と人との繋がりを広げて、良い感じに生きていこうて」
 僕は、初めて自分とは違う価値観の女の子と付き合ったと知った。僕は彼女の考えを曖昧にだが理解した。しかし僕には出来ない考えだし、カレシとして付き合えない(付き合いきれない)価値観だから、遅かれ早かれ別れがあることも理解した。
                             (つづく)
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?