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禍蓮

「──人は、本当に理解を超えるような恐怖に直面した時、どうなると思いますか?助けを求めて叫んだり、とにかくその場から逃げたり。錯乱して神に祈る人もいるでしょう。ただ彼は、そのどれとも違ったんです。」

数ヶ月ぶりに会った後輩のAは、
以前は嫌っていた筈の無糖コーヒーをゆっくりと飲みながらある一晩の話を語ってくれた。

◇ ◇ ◇

去年の冬の終わり頃、居眠り運転をしていた車が突っ込んできて大怪我しちゃって、暫く休職していた時期があったんですよ。
最初のうちは大変だったけど退院した後は特に後遺症とかもなく、思ってたよりすぐ回復しちゃったので時間を持て余すようになってたんです。

なので近くに住んでいた友人のSを家に呼んで何をする訳でもなくダラダラと過ごしていました。
ある日、いつものように何か暇潰しのネタになるようなものはないかとSNSを見ていると、それまで黙っていたSが突然口を開きました。

S「最近オカルトにハマっててさ。洒落怖とか、そういうスレをまとめてる動画あるじゃん。それで俺らの地元にも都市伝説とか心霊スポットとか無いか調べてたんだけど、これ見てよ」

そう言ってSが見せてきた画面に写っていたのは、
スマホのGPSをオンにすると近くにある心霊スポットやいわくつきの物件を教えてくれるアプリでした。
そのようなものがある場所はマップ上にピンが刺さっていて、押すと詳しい説明が見れるという良くあるアレです。
しかし僕が住んでいる地域はかなりの田舎なので、そんな場所があるという噂は一度も聞いた事がありませんでした。

A「こんなとこに心霊スポットなんてあんのかよ?」

S「それがさ、ここからそんなに離れてない場所に一つだけ登録されてるんだよ。
一軒家みたいなんだけど、これヤバくないか?」

そう言い差し出されたスマホの画面を良く見ると、確かに自分の家からさほど遠くない場所にピンが立っていました。
しかし異常だったのは、その数です。
おびただしい量のピンがその一軒家を埋め尽くすようにして刺されていました。
気味が悪いな、と思いつつも詳細を見ようと
ピンをタップすると、説明欄には


202? 10月24日 2階廊下角 禍蓮


と書かれていました。
他のピンを見ても、余す事なく全てにそう書かれていました。

A「なんだこれ?タチの悪い悪戯じゃねえの?」

S「わかんないけどさ、どう見てもヤバいじゃん、これ。絶対なんか居るって。」

A「行ってみるか?笑 それでもしヤバい事が起きたら話を盛ってスレに書こうぜ。バズるかもしれないし」

毎日家の中でSと駄弁るだけの生活を送っていた事で日常の刺激に飢えていた僕は、半ば無理やりSを説得してその家に行ってみる事にしました。

本当に後悔しています 本当に後悔しています

◇ ◇ ◇

準備を終えた僕とSはその晩早速そこに向かいました。思っていたよりその家は近く、徒歩で20分ほどの距離にありました。
なんの変哲もない田舎道から一本ズレた路地に入り、少し進むとその家は見えました。
2階建ての一軒家で、既に人が住まなくなってからかなりの年月が経過している事が見てわかりました。
手入れされず伸び切った雑草がまるで侵入を拒むように至る所に生えていました。

雑草をかき分けながら何とか玄関まで辿り着き、腐食が進んだドアを押すとすんなりと中へ入れました。
本当に後悔しています

S「床が腐ってるから気をつけろよ。とりあえず一部屋ずつ見ていこう」

A「ああ。いざ中に入るとちょっとヤバいな。一気に気温が下がった気がするし、色々想像しちまう」

S「何で連れてきたお前がビビってんだよ笑 むしろ何か居てくれないと困るよ。ネタになんねえからさ。...うわっ」

突如声を上げたSの方を見ると、リビングにある一本の柱の前で止まっていました。

A「なんだよ、何かあったか?」

S「見ろよこれ。お札だ...いや、お札なのか?」

Sが指差す方を見ると、確かに柱の一部分にだけびっしりとお札のようなものが貼られていました。
しかしそれはホラー映画などで良く見るあからさまな物ではなく、明らかに何の知識もない人がその場にあるもので作った、といった感じでした。
サイズはバラバラだけど、その全てに赤い文字で

「二階 中央和室 禍蓮」

と書かれていました。

A「気持ち悪いな。このカレン?ってのは何なんだ」

S「さあな。とりあえず写真撮っとけよ。これは本当に何かあるかもな」

A「とにかく2階がなんかヤバいんだろ。行ってみるか?」

何故かまだ余裕のあった僕達はそのまま2階へ続く階段がある廊下に行きました。本当に後悔しています
本当に後悔しています

階段の上は暗く何も見えなかったんですが、明らかに異様な雰囲気がありました。
家に入った時やお札のある一階は不気味なだけで特に何も感じなかったのですが、2階からは嫌な予感がする、このまま進むと取り返しがつかない事になる、と本能的に感じました。

しかし引き返す訳にもいかず、僕とSはそのまま2階へと進みました。
階段を上がり切ると正面には大きな襖、右側に小さな襖の2部屋がありました。
僕とSはまず右側の襖を開けて部屋に入りました。
ほんとうにこうかいしています

S「──ッ!」

先に部屋に入ったSから小さな悲鳴が漏れました。

A「おい、どうしたんだよ?何かあったか?」

S「...ちょっとここ本当にダメかも。見ろよ」

ハッ、ハッ、と呼吸が荒くなっているSを尻目に部屋に入ると、天井の隅に黒いものが見えました。
携帯のライトで照らした僕は、余りの気味悪さに吐き気を覚えました。

それは人の髪の毛、ウィッグのような物でした。
床に着きそうなくらい長い。異常なのが、そのウィッグは天井の四隅から生えるようにぶら下げられていました。

S「クソッ、気持ち悪い!何だよこれ!?」

A「悪戯にしては悪趣味すぎる。もう十分だろ、早く出ようぜ」

流石に探究心を恐怖心が上回ったのでその部屋を出た時に、またSが小さな悲鳴を漏らしました。

S「お、おい。お前あの部屋、入ったか?」

A「は?何を言って──」

一瞬、体が動かなくなりました。
もう一つの、階段を上がって正面の部屋。
その襖が開いていました。勿論僕もSもその部屋には入っていないし、他に誰かがいたような物音も気配もしませんでした。

A「こんな作り話みてえな事本当に起きんのかよ。マジでシャレになんねえぞ」

S「もしかしてアレじゃないか?こういう廃墟って良くホームレスが住んでるから、それに尾ヒレがついて心霊スポットになる事が良くあるらしいんだ」

A「生きてる人間でも十分こえーよ。もう出ようぜ」

S「あぁ。」

A「?おい、どうしたんだよ──」

階段を降りようとした時、Sの声が急に小さくなったので振り返ると、Sはこちらに背を向けて開いた襖の前に立っていました。

A「おい!何してんだよ。もういいから早く帰るぞ!」

Sは僕の声が全く届いていないようで、そのままゆっくりと部屋に入っていきました。

本当は今すぐにでもSを置いて走って逃げたいと思っていましたが、連れてきてしまった以上そうもいかないのでSを追って正面の部屋に入りました。

Sはその部屋の中心に立っていました。
部屋は普通の和室でした。天井の四隅から生えている長いウィッグを除いて。

A「大丈夫か?おい!帰るぞ!これ以上ここにいちゃダメだ!」

依然こちらに背を向けているのでSの表情は見えませんでしたが、只事じゃないのはわかりました。Sの手を引っ張って部屋を出ようとした時、左目の視界の端に何かが写りました。

ヤバい。アレを見ると絶対おかしくなるんだ。直感でそう思いました。

が、一瞬でした。そんな事を考えていたその次の瞬間には、それ は僕の正面に居て、僕の顔を覗き込んでいました。

僕の目に飛び込んできたのは、恐らく顔?でした。輪郭はあるのですが、人間のような目、鼻、口、などのパーツは一切ありませんでした。

蓮コラ、ってわかりますか?よく検索してはいけない言葉、などで紹介されている人間の肌に蓮の花托を合成したアレです。
僕が最初に想像したのはそれでした。本来あるはずのパーツの代わりにおびただしい数の穴が空いていました。
何故それを顔と認識したのかは今でもわかりませんが、

「今僕はコイツに顔を覗き込まれている、目が合っている」

と確信しました。体は動かず、失禁していたと思います。
僕が それ に見られている間、さっきまで黙っていたSが大きな声で

「おかえりなさい!ごめんなさい!おかえりなさい!ごめんなさい!おかえりなさい!おかえりなさい!おかえりなさい!」


と泣き叫びながら、まるで それ を崇めるように土下座の姿勢で何度も床に頭を打ちつけていました。

このまま僕も狂ってしまった方が楽だ。とにかく恐ろしい。逃げ出したい。死んでしまいたい。
思考はグルグルと回るのに、依然として体は全く動きませんでした。

それ はゆっくりと顔を近づけてきて、視界が全て大量の小さな穴に覆われたところで、やっと意識が途切れました。

◇ ◇ ◇

「その後、気づいたら朝になっていました。部屋にはSが倒れていて、それ は居なくなっていました。
目を覚まして1番最初に視界に入った天井から生える髪の毛でまた気を失いそうになりましたが、Sを叩き起こして半狂乱になりながらその家から出ました。
僕の家に戻った後、Sは何も喋りませんでした。
ただずっと、泣き叫んでいました。言葉は聞き取れませんでしたが。
それからSとは会っていません。怖くて会えないのです。本当に最低ですよね。
ただ彼とまた会ってしまうと、ギリギリで保たれていた何かが崩れる気がするんです。許してください。本当に後悔しています。本当に後悔しています。」


俺は生気のない顔でそう語るAを直視できなかった。









禍蓮


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