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 蝶よりも、蛾が好きだった。
 カブトムシやクワガタと言った、いわゆる王道を行く昆虫よりも、クモやゲンゴロウといった(クモは昆虫ではないのだが)、多くの人が物珍しがるような虫が好きだった。
 シュールな絵画とかも好きだったし、食虫植物やプラナリア(切ったら切った数だけ分裂して再生するヤツ)にも一時期ハマった。
 とにかく、珍しいものが好きだったのだ。
 しかし、年を重ねるに連れて、思い知る。大概の人間は、珍しいものに対して、不寛容だ。珍しいものが好きな自分でさえも、珍しい人(ここでは周囲と同調できない人、と定義しておこう)を前にすると、あまり関わりたいと思えなかったりする。そうすると、自分がまともだとでも思っているのか?と、自問して、恥ずかしくなったりもするのだけれど。
 道を外れる人に、和を重んじる人は、厳しいまなざしを送る。仕方のないことだと思う。一丸となって生き抜こうとしている集団の中で、誰かが周りと違うことをしようとしていたら、「和を乱す者」として危険視されるのはしょうがないのだ。
 だけど、いつまでそうやって、周囲に合わせて生きようと必死になっていられるだろうか?いつまででもそうやって、周囲に合わせて生きようと必死になって、自分は楽しいだろうか?
 そんなことを、ふと考える。月を背景に飛びさっていく、蛾を見送りながら。
 昔は誰もが知らないような虫の名前も答えられた。きっと今目の前を通り過ぎた蛾にも、立派な名前がついている。昔の自分なら即答していたかもしれない。今では、ただ、「蛾」だ、としか答えられない。
 きっと同調していくうちに、尊ぶべき好奇心も死んでいったのだ。僕は自由な好奇心と引き換えに、安全を手に入れたのだ。いかに不自由になるか分かっていても、危険な目に遭遇するのはごめんだったからだ。
 今日も何かにおびえながら過ごす。死にゆきながら、必死に生きようとしている。

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