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雑談*存在の天秤の在処は己か世界か

作中の表現はフィクションであり、この世のすべてと関係ありません。

*b.o.

窓の外には灼熱の太陽が照りつけているが、遮光カーテンと冷房のお陰で部屋の中は静けさを保っている。布団に深々と沈み込むBを、Oは睥睨していた。いや、呆れた眼差しというべきか。Bの右腕は三角巾で吊られている。目に見える外傷はその程度だが、Bの顔色は悪く、顔をあげるのも億劫な様子であった。どろり、と輪郭が揺らめいている。

「二度目の臨死体験はどうだったんだ?」

Oが声をかけると、Bははじめて相手の存在に気付いたかのようにぱちぱちと眠たげに瞬きをして、それからOへと視線を向けた。

「参ったよ。まさかこんなことになるとはね。……君にも、さすがに悪かった」
「何に対しての謝罪なんだ、そいつは」
「僕個人のことに、手間をかけさせたね」
「はは」

居心地悪そうに毛並みを波打たせるBを眺め、Oは笑い声をあげる。

「そうだな、怪我がどうこうくらいなら医者を呼ぶくらいできるが、お前個人のことに関しては俺は何もできねーからなあ」
「怒ってる?」
「さてな」
「悪かったってば。今回のことはイレギュラーだったんだ」
「そうなのか?」

Bは腕を見下ろす。Oもその視線を追った。

「僕が自分自身を規定していることは、君も知っているだろ」
「ああ、聞いたことはあったな」
「今回の怪我はあれに抵触していてね。僕の想定では、3項目を全て埋めないと死なないはずだったんだけれど。どうやら、この一点だけでも世界の側から否定されかけたようだ」
「ふうむ。……じゃ、死ぬつもりはなかったのか」
「少なくとも今回はね」
「なるほどなあ。それじゃあ、死ぬかどうかを試した、って訳でも?」
「ないよ。まあ、この体の耐久度を見誤ったのは僕に非がある」
「それは俺もやるやつだ。じゃあマジで事故だったのか。災難だったな」
「あはは、そうだね」

そのやりとりを経てようやくOはひとまず溜飲が下がった様子で、ソファにゆったりと腰掛けた。

*

「それにしても、俺にはよくわからんが、お前はこの世界では界層が上のはずだろ?腕ごときで死ぬなんてあるのか?人間だってもうちょっとしぶといぜ」
「それについては僕も誤算があったのだけどね。上位に位置しているからといって、存在が強固とは限らないようだ。次元で例えてみるならば、"点"がなければ"線"は生まれない。"線"がなければ"面"は生まれない。"面"がなければ立体は生まれない。……低次元の枠組みが基礎としてなければ、高次元のものは存在すらままならないのさ」
「基礎がなければ存在がままならない、ねえ」
「観測する分には、高次でなければ観測できないものがあるから便利なものだけれど、存在の確定という点では、どうしてもね」
「はん、上位だからって胡坐をかいていたようだが、そんな弱点があるとはな」
「君らだって点Pに攻撃されたら太刀打ちできないだろ」
「点Pがどこにあるのかさえ俺にはわからねーしなあ」
「そういうこと」
「それでひと段落ついたってことは、今のところは大丈夫そうなのか」
「一応はね。まあこの調子じゃあ、しばらくは軽率な動きなんて、したくてもできないさ」

ジィワジィワ、と窓の外から遠巻きに蝉の声が響いている。あの蝉でさえも、脚を失ったからといってすぐに死ぬ事はないだろう。さして長くもない命だろうけれど。
夏の暑さをよそに、二人の話題は概念の話題から、今夜の献立へと移っていった。

*

(夏にアップし忘れていたのできせつはずれだけれども)

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