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【山形】羽黒山 山形県鶴岡市 2018年9月①羽黒山、羽黒山正善院黄金堂

昨日は、鳥海山、今日は、羽黒山。

2日続けての、御山参り。
ほんと、仙台人は、
山形が大好きなんですよね。

どうしてって、
伊達家は、山形県米沢市の出身だから。

前日は低い雲に覆われ、
ほとんど見えなかった鳥海山も、
この日は、高い雲なので、
きれいに見えました。

こちらは、月山

この時で、9月29日。すでに、15日には、月山神社の閉山式は終わり、草紅葉の月山は、あとは雪を待つのみとなっていました。



出羽三山参りの始まりは、この黄金堂への参拝から、なのだそうです。


閻魔王さま

中は撮影禁止です。

お竹大日堂

羽黒山に着きました。駐車場のそばに、いつも見ても素晴らしいなあと思う宿坊さん。

八坂神社も、敷地内にあります。

この神社標は、仙台の新興宗教団体、大和教団の、開祖、穂積史子先生の寄贈。仙台では、昔から知られている宗教団体です。わたしは、何度か会ったことがあります。信徒ではありませんよ。この穂積先生に、20代の時、後ろから声をかけられまして、「あなたの背中に、赤い鳥居が見えますよ。八幡神社ですね。あなたは前世、この神社の、終生、巫女でしたよ。こんなところで、こうしている人ではありません。修行しませんか?」と言われました。でも、お断りいたしましたよ。信仰のこころはありましたが、団体に入ってまで、したいとは思いませんでした。

羽黒山の境内図は、上記に

天地金神社

羽黒山天地金神社の創建は、応永4年(1397)、学頭の法性院尊量により開かれたのが始まりとされます。南北朝の兵火により焼失し衰微しましたが安永8年(1779)、羽黒山大先達寺の智憲院宥然が比叡山延暦寺(滋賀県大津市)の横川の元三大師堂から、元三大師(良源、比叡山の中興の祖、18代天台宗座主、厄除け大師、「おみくじ」の創始者)画像(後水尾天皇筆)を賜った事から、大師堂を再興し画像を祀りました。昭和39年(1964)、改めて須佐之男命の分霊を勧請し神式となり出羽三山神社の末社として社号を「羽黒山天地金神社」に改めています。

鉄分が多い湧水です。

山形県など、ミズヒキは、白花が多い。逆に、太平洋側は、赤花が多いです。

もしかすると、母方祖母の実家が、この神様の直系では、と言われています。

神橋

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