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ウォッチ

母から腕時計をもらったその日。

僕が新しいスタートを迎える日になった。


母は小洒落た可愛らしい時計は好みでなく、陸海空と持っていけるような男性がよく使うものが好みだ。

その時計はよくつけていたのを知っている。

今はもっと高くてカッコいいやつをメインに使ってる。

背が高くてスタイルのいい母はすっとしていて、よく似合う。

僕に譲ってくれたその時計は、高校生の頃に祖父から奪ったという。
その表現が何とも勇ましいと思った。

聞く話によると、高校進学の際に腕時計を贈るのがテッパンの時代で。
自分の時計のベルトが傷んだので交換すると、なんだか気に入らなくなって、祖父のゴツゴツした時計が羨ましくなったのだとか。


それから長い年月、この時計は母と時を刻む。

楽しい時間も、辛抱するときも。
大きな決断をするときも。
そして、僕が生まれるときも。


少し傷が付いたけれど。
それはいつも一緒に過ごしたことを意味してる。

きっと、お守りになってくれるよと。
今も使っているのに。

入試の日、母からその時計を渡された。


ねぇ、この時計ずっと使ってもいい?


もちろん。
少し古くて傷んでいるけど、気にならない?
バンドとバッテリーは交換したばかりだから、たっぷり使えるけど。
新しいの買っていいんだよ。


平気。
これがいいんだ。
時間が判れば問題ないしね。


あっさりと。
大切にしてきただろうその腕時計を僕に譲ってくれた。


ダイバーズウオッチで黒のベースに赤い文字が映えるクオーツだ。


何だかスポーツカーのコックピットみたいでカッコいい。

その日、在宅勤務をしていた母が午後から現場に行かなくちゃと準備を始めたデスクの上に。

僕にくれたものとは違うタイプのアクティブ用の時計が。
ころりと置かれて出番を待っていた。


あのウォッチみたいに。

さぁ、僕はどんな時を刻んでいくのかな。
これからよろしくね。

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