ピカピカの泥団子理論。

ここに書かれる文章は、
これから何度か改訂されていくかも知れません。
本当はちゃんと考えがまとまってから形にしたかったのだけど、
僕は文章を書くのがニガテだし、
勢いにまかせて書いておかないと永遠に書き始めないので、
とりあえず書いておくことにするものです。

発端は数ヶ月前、親友と行きつけの飲み屋で語り合っていた時にふと考えついたことなのです。
まぁしょうもなくて長くなるような話を思いつくのはいつもお酒を飲んでいる時でもありまして・・・・

Twitterで僕のことを知っていただいている方は周知のこととは思うのですが、
僕は本が好きです。
映画が好きです。
舞台が好きです。
モノゴトを作り出す全ての人たちが好きです。

キッカケを話し始めると更に長大になってしまうので割愛しますが、
好きすぎるあまり僕は作品以外の部分まで興味を持つことになってしまったんですね。
要するに、作品の「メイキング」の部分に足を踏み入れてしまったわけです。

それを追いかけ続けるとわかってくるのは、
「テキトーに作品を作り上げている人なんていない」
ということなんですね。

本も映画も舞台も、
ドラマもアニメもゲームだって、
普通は1人で作れるものじゃないんです(作られる方ももちろんいます)。

色んな役割の人たちがいて、
その人たちがそれぞれ情熱を持って仕事をして、
1つの「作品」が出来上がっている。

その「熱」を目の当たりにした時に、
僕は下手に作品に対して文句を言うことはできないな、
と思ったのです。

確かに、どれだけ情熱が込められていたって
「これはあんまりだなぁ」と思うものには必ず出会います。
それに対する批判や批評は必要なものです。

けれども、最近はあまりにも目に余るものが多すぎる気がします。

簡単に言うと「愛」が感じられず、
悪態、暴言、制作者への人格否定にまで及ぶようなものが、
「拡散」という形で賛同されているように見られている気がします。

そうじゃなくて。

なんというかそれはクリエイティブへの触れ方としておかしくて。
というか乱暴すぎで。
本を書いたり
映画撮影したり
舞台で演技したりしているのは
文句を言ってる僕たちとおんなじ「人間」で。

「そんなメンタルのやつは向いてない」みたいなこと
言う人もいるけれど、
自分が自分の仕事で同じような立場に立った時、
エブリディ強いメンタルで立ち向かえるんですか?

毎日のように誰かが誰かを罵っているように
昨今のネットを見受けられますが、
こんなに「こうでないといけない!」と
誰かが誰かを罵り続けてるのに
周りの環境が何も変わったように思わないのは、
結局みんなおんなじ「人間」だからですよ。

ネットで悪態ついてる人でも
現実の仕事に戻ったら
違う誰かに悪態をつかれていたりするんですよ。

それなのに人は、ネット上で汚い言葉を使ってしまう・・・

そこで僕が考えたのが、
『ピカピカの泥団子理論』
だったのです。

つづく。(以降不定期更新予定)

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