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「共同研究『Dog Vision 360』:環境=身体論に基づくVR映像制作の試み」周辺で考えたこと

この記事は桑沢デザイン研究所 教員研修レポート No.50 2022のp36-47に収録されている「共同研究『Dog Vision 360』:<環境=身体>論に基づくVR映像制作の試み」に関するテキストです。今回これを作るにあたって考えたこと、その周辺のことです。先にこのレポートを読んでいただくと内容がわかると思います。

桑沢デザイン研究所 教員研修レポート No.50 2022

1.共同研究に取り組んだ経緯…『マロナの幻想的な物語り』のインパクト

2022年の5月末に御手洗先生がニコニコしながら『マロナの幻想的な物語り』のDVDを持ってきて、それを貸していただき、見たのがきっかけでした。このアニメーションかなり2Dと3Dの融合、画面内の至る所がアニメーションしていなど壮絶なので、見ると面白いかと思います。

人間はイヌがどう世界を知覚しているかは残念ながらわかることはないでしょう。イヌが嗅覚で得た感覚、聴覚で得た感覚などは人間にそれを受容する器官はないですし、処理する脳の構造にもなっていないからです。しかし、この『マロナの幻想的な物語り」と見て、また今回の制作過程で、もっと主観的に処理をしていっていいのではないかと考えました。そうするとVRで世界を提示し、あとは見た人に任せるという方法で体験させることは可能だと言えるでしょう。
また、このようなどう見えるかという問題にVRの映像で見え方を提示する取り組みは前例はいくつかあり、文中で取り上げた自閉症体験プログラムは以下から確認できます。

また、2016年にBuzzFeedが制作した『How Animals See The World』の取り組みはとても面白いです。猫やハエ、ネズミ、ヘビなどの視覚を体験できます。

今回は元の文中にあるように、上述のもののような視覚の再現だけではなく、その上に聴覚、嗅覚、興味などの視覚化を行なったものを同時に表現することで、これらの取り組みとの差別化を図りました。

2.共同研究をとりまく文脈

最終的に述べられているもしイヌがいなかったら、今日の私たちもいなかっただろうという話に辿り着いた時には、特にイヌと触れ合うことがなかった僕たちがなぜそこに辿り着いたのかという面白さがあったと思います。あまり自分と近くないものを対象にした方が第三者的な目線で見れていいのかもしれません。

3.『Dog Vision 360』…VR映像制作の試み

前述の通り、自分がイヌだったらどう世界を認識するかという感じで処理をするにあたって、イヌのことを知る必要がありました。僕自身はイヌを飼ったことはありませんし、それほど興味もありませんでした。御手洗先生も同様だったので、とりあえず飼っている人の話を聞くことにしました。イヌの個体差はあるでしょうし、僕が話を聞いた人たちがどうそれを受け取り、伝えたかも誤差は大きくあるのでしょう。しかし、ここでは厳密さが必要な話では上述の通りありません。結果、以下を映像制作の指針としました。

・食に対する興味は強く、ドックフードの缶詰を取り出した音だけでも反応する。
・聴覚は人間より優れている。
・遊んでくれそうな人、イヌ、おもちゃに反応する。
・脅威と感じたものに警戒を強くする。
・ゴミ箱やマーキングされた電信柱などのわずかな臭いにも反応する。

上述のことより、空間音響(体験者の顔の向きや移動方に関係なく、音をVR空間に固定する技術)を用い、音の出力を上げました。興味や関心があるものにフォーカスするために、解像度を上げたり、ソナーのアニメーションを追加しました。

また、いくつかの研究結果、文献を読んで視力が平均的に0.2〜0.3くらいということで画面を全体的にぼかしました。緑・黄色・オレンジはくすんだ黄色に、紫・青は青、赤はグレーに見えるということで色の調整を行いました。

視野角もヒトとイヌは違います。また、ヘッドマウントディスプレイをつけると、更に視野角は狭くなります。そこの再現は考慮に入れず、Youtubeにアップロードして、スマートフォンやタブレット、PCでぐるぐる回して見て体験してもらうことを前提にしていました。もちろん、ヘッドマウントディスプレイがあれば没入感ある体験ができるでしょう。空間音響を使っているので、対応するイヤホン、ヘッドホンがあるとより楽しめると思います。

今回使用した機材ですが、カメラはInsta360 ONE X2を使いました。マイクはH3-VRを用いました。イヌくらい低い視点にする必要もあり、三脚も低いものを使いました。

4.まとめ

先日、Apple社からVision Proが発表されました。生活の延長線上にそれを使う未来があるという点がAppleらしい未来であったと思うし、素晴らしかったと思います。そこから見えたものはヘッドマウントディスプレイを被ることで異世界に行く未来ではなく(勿論、これがないわけではない)、この世界を拡張するAR的な未来であったといえるでしょう。

今回制作していく過程で見えてきたのは奇しくも、AR的な表現の重要さでした。それはゲーム的な画面が先んじているかもしれませんが、現実世界にあるありとあらゆる情報の中から取捨選択し、どの情報をどう画面内(視覚内)に表現するかということがこれから重要になるでしょう。その中で、視覚だけではなく、音は重要な要素になるだろうというのが今回僕が得た1つの大きな気づきであったと思います。それこそ、環境にあわせて身体を変容させていく1つの手段をテクノロジー・デザイン側が引き受けたことであると思いますし、これからの大きな課題でもあると考えました。その辺の1つの答えを次の制作でまた見せることができればと思います。

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