過去の名ボカロ曲をレビュー part8(+コラム:無色透名のビートルズ)

年一投稿になりかけてます。いかがお過ごしでしょうか。
とりあえず続けるということだけは決めているので、年一は最低限度かなと考えている次第です。

個人的に2023年はローリングストーンズとビートルズが新作を発表した年という印象に否が応でもなってます。その新作が良いか悪いかは置いておいて。
やっぱりロック育ちなのでこの二つのバンドには特別なものがある。ある意味悪い癖です。

ローリングストーンズの新作「Hackney Diamonds」は各方面で評判が良いし実際良い。
内容はロックンロールとブルーズの伝統芸能に則ったいつもの、といった感じですが継続してるだけでもう偉いといえる。

ビートルズの新作「Now and Then」は賛否両論飛び交ってますが、自分は割と好きです。
もともと「ビートルズの最後の新曲」なんてとんでもない前情報でみんなが納得できる曲が出てくるわけがない、どうせしょうもない懐古的な曲だと逆にハードルを下げていたのが丁度よかったかもしれません。

そしてこのビートルズの最後の新曲のリリースと同時期に、ボーカロイド界隈では作者の名前が明かされず合成音声音楽が投稿されるイベント、無色透名祭の2回目が開催されました。
当然、これも否が応でも思うわけです。果たしてNow And Thenが要件を満たす形で無色透名祭の一楽曲として投稿されていたとして、そこで初めて聴いて、世界を騒がせるビートルズ最後の新曲と認識することができたかどうか。なんなら一旦サウンドから目を背ければ、kiyuさんや816さんやnowhere manさんの曲と勘違いしやしないかと。
一方でNow And Thenを最初に聴いた時の印象として残っているのは、短調のシンプルなメロディーとI know it's true It's all because of youというシンプルな歌詞の組み合わせ。これをあのジョンの声で歌い上げればやはり尋常じゃない説得力があるなと思わせられる。個人的には必ずしも簡単にスルーするような曲ではないと思ったし、無色透名祭の要件を満たさない部分においても刺さるものがある。
しかしこのジョンの歌声という音色の面でのある種の優位性が今後どれだけ続くかは疑問が残ります。ご存じの通り合成音声や音響、音処理の技術はますます向上の一途を辿っているし(個人的に一番分かりやすく凄いなと思ったのは月ノ美兎のドッキリ企画のやつだったりする)、果たして今後どこまで声の個性が残り続けるかというところ。
ありえないでしょうけど、いつか無色透名祭に本物のビートルズの未発表曲が投稿されそして一切気付かれずに無視されていく、というようなことが起きたら、それが本当の無色透名祭の意義の完遂だと個人的には思います。歴史的価値なんてものはボロボロ。もちろん、それが良いことなのか悪いことなのかはその時になってみても分からないまま、誰にも知られないまま、全ての音楽は流れ続けていきます。


では本編です。
何をレビューしようかなと未レビューの曲をリストアップしてたら、
この人の曲まだ紹介してなかったのか!となる曲がたくさんありました。
今後の選曲どうしようかなという楽しみも持ちつつ、今回はこの3曲です。

おやすみではじまる魔法/鏡音リン 作:nowhere manさん
シーン屈指のポップマエストロnowhere man氏による、The Zombies、The Beatles、The Kinks…60年代ブリティッシュロックのポップさを彷彿とさせる至高のピアノバラード。いや、当時そのままではなく古すぎないニュアンスの入り混じった感覚は、それらに影響されて生まれた70年代以降の10cc、ELO、stackridge等の方が近いかもしれない。丁寧に組み合わされたサウンドの中でのドリーミーなメロディーと歌声、そして聴く人が聴けばニヤリとするようなスライドギターが心憎い。夜をイメージする心地よく優しげな曲調の中で、決めのフレーズの前にふとマイナーコードが差し挟まる展開も密やかに醸し出す情緒を彩る。
「nowhere man」という名前でこの曲を最初に出す、名刺代わりのこの上ない一手として強烈な印象を抱いたことを未だに憶えている。こういうポップスの担い手って最近出てこないよなあと思いつつも、こうした時代に左右されない優れた作家はそもそもそう簡単には現れないもの。そのデビュー作、ここにその記憶を残しておきたい気持ちが無いはずがない。

【闇音レンリ】 PROMETHEUS 【オリジナル曲】 作:JUICEさん
前半のサイケデリックで強烈なエフェクトのかかったコーラスと後半のシンプル歌もののラテンジャズという謎の二部構成となっているアヴァンギャルドなポップス。終始カオスな音像が醸し出す怪しげかつ小慣れたムードが濃厚な曲想を演出する。
とにかく闇音レンリの迫力ある低音ボイスから繰り広げられる繊細かつ大胆な歌唱と、やりすぎなくらいに深くかかったモジュレーションによるインパクト。主張しすぎない形で脇を固めるカッティングギター、這うように巧みなフレーズで動き続けるベース、合間を埋めるようにグルーヴを彩るドラム、レトロなシンセ、全てを含めたリズムもまたどこか機械的な打ち込みの匂いを漂わせながら妙な異物感を呈する。そこからシンプルなウォーキングベースを中心としたリズムの後半にすっと移行し、高揚感を落ち着かせながら着地する。うおーなんだこの曲はという印象は残る、しかし一曲としての不思議なまとまりもまた密かな面白み。少なくともここで取り上げようと思うほどに脳裏に焼き付いていたまま。

ワンタイムサマー 作:曲 : eh_8さん 詞 : さくさん
ポップさと虚無感の両立したピアノのフレーズがちょっとした空間に響き続ける。盛り上がりを見せる曲展開も、素朴かつ歩くようなリズム感やメロトロン的なサウンドに引っ張られてどこか悲しげで切ない。それでも最初から最後まで徹頭徹尾ダウナーになりすぎないのは合成音声の無機質な声にあるように聴こえる。感情豊かに歌い上げるでもなく、ピッチもリズムもダイナミクスも揺らぐでもなく、ただただ素朴に淡々とメロディーと歌詞をなぞる。より一層メロディーの輪郭が映えてポップさを感じられるし、虚無感の表現として余計なものは削ぎ落されているヒリヒリとした感覚。
いわゆる界隈曲を筆頭として、平坦な表現であるように聴こえてその実、研ぎ澄まされた感覚で鋭く感情を駆り立てる曲が定着しつつある。そこと同じ位相にあるオルタナティブな表現としてdavid k anderson氏や耳中華氏などがおり、本楽曲はそこと繋がる、連綿と続く感覚の一つであると感じられる。静かに、しかし強かに確実に存在し続ける合成音声音楽の一種。


次回:過去の名ボカロ曲をレビュー part9の記事(まだ)

前回:過去の名ボカロ曲をレビュー part7の記事

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