過去の名ボカロ曲をレビュー part3(+コラム:Kanaria「KING」のヒット)

2020年下半期、現時点で最もトピックなボカロ曲は「KING」であると言っても過言ではないでしょう。

【GUMI】KING【Kanaria】

Kanariaさんの2作目として投稿された本曲は、前作の「百鬼祭」とは明らかに趣向を変えています。
「百鬼祭」は豊富なリズムをある程度グルーヴィーに演出していますが、この「KING」は極めて粘りの無い軽いリズムになっています。特にベースラインは仮打ち込みのままなんじゃないかと疑いたくなるほどシンプルです。
ゴシックなメロディーと合わせてある種の中毒性を狙い、それが大当たりしたという形でしょうか。それにしても鮮やかです。

また面白いのは「百鬼祭」の時にはそれなりにいる期待のPの内の一人という立ち位置だったのが、この「KING」で一気に集団から抜け出して時代を象徴していく可能性すら孕み始めたところです。
自分の知る限りでは、2曲目で方向性を変えそれがこのような形でヒットしたというパターンは無いのではないかと思います。

コンプ感の薄く軽いサウンドはOrangestarフォロワーのようでいて、しかしそれ以上に粘りや雑味の無いグルーヴはAyase以降とも言えるのかもしれません。中世なコンセプトは(音楽的なアプローチは別物とはいえ)ワールドイズマインや悪ノシリーズを連想させます。漠然としたフレーズを羅列する歌詞の構築の仕方は敢えてスーパーカー「HIGH VISION」収録曲のようだと主張したい。
そしてそれらの流れがこのように結実すること自体が何とも予想外というか、思ってもみなかった隙間を突かれたなという気がしています。
今後のシーンがどう移り変わるのか、「KING」の登場でますます面白みが増してきました。楽しみです。


という訳で間が空きましたがボカロレビュー第3回目です。マイペースに長く続けていきたいですね。


【GUMIオリジナル】車窓越しのパノラマ 作:大内克之さん
軽やかでややラフなギターと実在感のあるピアノの響きが日常を歌う歌詞に寄り添って飾り付ける、J-POP風味のポップス。少し不思議な動きをのコード進行はメロディーのドラマチックさを強化し、より説得力を付加している。またなんと言っても静と動を巧みに行き交う曲展開は、全体4分強の楽曲とは思えなくなるほど様々な景色を見せつつ、ある種のストーリーを感じさせるように構成している。
そしてその展開の妙に後押しされた歌詞もまた楽曲中で非常に大きなウェイトを占めている要素と言える。人生における劇的な出来事も、何でもない普通の営みも群像劇的にひっくるめて歌詞の中に織り込むことによって、互いに特別さを強調しあう構造になっている。その上で曲自体は粗さの残る、ややアマチュア的な音処理によって、何の変哲もない日常の中で生まれた音楽というイメージが自然と浮かび上がる。
ボカロとアマチュアの関係性と言えば、なっとくPによる名文「ヒッキーPを一言で表す」。「それぞれの人生のプロ」としてのボーカロイド音楽、本楽曲はまさにその概念を体現したかのような音楽。近所からピアノの音が漏れてくるように、校舎から吹奏楽部の練習が聴こえてくるように、画面の前でヘッドホン/イヤホンをつけてボカロ曲を聴くという風景がある2020年、その中で長く続いていけば良いなと素朴に思える素朴な名曲として、いつまでも記憶に留めておきたいと思う。



少年ダイナソー - 山本レノン  【GUMIオリジナル】
中音域がごちゃごちゃとした粗削りなバンドサウンドと徹底的にポップなメロディーのご機嫌なロックチューン。所々ひねりが上手く差し挟まるものの基本的にはドがつくほどにシンプル。
しかしこうしたシンプルな曲は聴き方が難しい。いったいこの曲の独自性は何なのか?などと余計なことを思ったりして。そんな時に立ち返りたいのはポピュラーミュージックは基本的に繰り返しが多いということ。AメロBメロといったひと固まりの繰り返しだけではなく、ロックンロールなどといったジャンル内でモチーフのように使われるフレーズであったり。そしてこの曲は定番のベースフレーズを用いつつ、やや改変したカノンコードを軸に同じメロディーを何度も繰り返す。くどさを感じそうなほどベタ。しかしそれがある意味での酩酊感を生み、独特の衝動を表現している。
ベタな音楽は一聴して簡単にスルーしてしまうことが多い。まだまだ自分の耳は節穴で、久しぶりに聴いてみたらこんなに良い曲だったんだ、と感じることは数知れない。どれだけ色んな曲を聴いても無くならないし仕方のないことなのかもしれないけど、何とかして聴き逃さないようにしたいと思う。上手くやれるかはわからないですけどね。何せ人生は難しい。


嵐の夜に - 巡音ルカ/カリバネム
ポップなフォークソングの延長線上にあるバンドサウンドの歌もの。各メロディーのフレーズを、考えられる限りドラマチックな展開に配しつつ、ハーモニカや口笛の音色によって素朴な感動を生む。恐らくサビと呼べるのは歌詞「魔法が育っていく」からの部分と考えられるが、曲中一か所にしかこのフレーズは無い。しかし全く以て説得力のある構成であることは、実際に曲を聴くことですぐに理解できると確信する。
ところで作者は投稿した楽曲に必ず「パンクロック」というタグをつけている。一聴すると正統派のパンクではないのに何故パンクのラベルを貼るのか。その理由として連想されるのは、スピッツ風の楽曲であるということと、そのスピッツはブルーハーツから多大な影響を受けているということ。ブルーハーツの日本語によるメッセージ性を喚起した歌ものが、スピッツの変態性とポピュラリティーを並立した詞世界と日本語の響きを生かしたメロディーに繋がっている。
またパンクは伝統的なロックンロールへの回帰を音楽性に組み込んだものとして勃興した。ブルーハーツとスピッツによる歌へ、パンクになぞらえて回帰していると考えれば得心できる。そこにあるのは音楽性の一致というよりも姿勢の話。有名な言葉「Punk is attitude」ということ。
ボーカロイド文化のアマチュアリズムはパンクになぞらえられることもあるが、そこには密かな可能性が眠っていることをこの曲はこっそりと証明してくれる。大抵の音楽は知らなくていいものばかり。それでもかき集めたくなるようなポジティブな気持ちを後押ししてくれる曲。


次回:過去の名ボカロ曲をレビュー part4の記事

前回:過去の名ボカロ曲をレビュー part2の記事

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