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名建築の横顔~人と建築と〜武蔵野プレイス【転載】

※初出「建設の匠(現・建設HR)」より転載
あの名建築は、いまどのように使われているのだろうか?
竣工当時高く評価された建築のその後を取材する本シリーズでは、建築とそれに関わる人びととの関係を探っていく。
2016年の日本建築学会作品賞を受賞した、東京都武蔵野市にある図書館複合施設、武蔵野プレイス。
受賞理由にも集客施設としての成功があげられている本施設は、日々多くの人でにぎわっている。
その背景にはどのような工夫が隠されているのだろうか。実際に訪れてみた。

つい長居してしまう居心地の良さ


「居心地が良くて、ついつい通っちゃうのよね」
近隣にお住まいだという70代の女性は、毎日のように武蔵野プレイスへ足を向けるという。買い物の行き帰りに必ず立ち寄るのだ。

「1階に今日返却された本が並べてあるコーナーがあって、そこで面白そうな本が見つかったらそのまましばらく読んでから借りて帰るの。色んな場所があって落ち着くじゃない? こんな施設ほかにないわよね」
お気に入りは公園を見下ろせる2階の読書コーナー。この日は何度か席を変えながら、2時間ほど滞在したそうだ。


設計者は川原田康子と比嘉武彦による建築家ユニット、kw + hg architects。
彼ら自身が強調するように、武蔵野プレイスではそこで過ごす人びとの居心地の良さが徹底して追求されている。
曲面を多用したエッジのない壁面に包み込まれるような”ルーム”と呼ばれる小さな空間が連続する構成は、科学的に心地良さが裏付けされたかたちだという。
また一般的には書籍の劣化を防ぐために制限されがちな開口部が大きく取られているのも特徴だ。直射日光が書棚に当たらないよう、開口部付近を閲覧スペースとすることで実現されている。

ルームのひとつ、雑誌閲覧コーナー。ルーム同士は仕切られることなくつながる

間仕切りを設けず上下のつながりもつくることで、建物全体がひとつながりの空間になっている。
それにより離れた場所にいる人びとの活動がおぼろげに感じられるようになっている。
無音の部屋にひとりでいるより、多少のざわめきがあるカフェの方が集中できる、という人は多いのではないだろうか。
武蔵野プレイスでは全館でそうした空間が実現されている。
デザイン上の工夫だけでなく、そこで過ごす人びとの活動も含めた空気感が、この空間をつくり出している。

地下1階のメインライブラリー。吹き抜けを通じて自然光が落ちる

竣工から7年、ブレずに共有されるミッション


こうした居心地の良さはいかにしてつくられているのか。
館長の斉藤愛嗣さんにお話を聞いた。

「ほかの公共施設と大きく異なるのは、ミッションやコンセプトに反するご意見は取り入れない、というところでしょうか」
武蔵野プレイスの施設としての特徴として、利用者からのクレーム対応をあげる。
「図書館という施設ですから、静けさを求める方も多くいらっしゃいます。また1階でカフェを運営しているので、匂いに対するクレームも多くあります。けれどもこうしたご要望も取り入れることはせず、なぜ対処しないのかをご説明するに留めています」
静かで匂いのない空間を実現するためには、ここでの活動を制限するか、あるいは空間を細かく区切るほかない。しかしそれでは施設のミッションに反するのだという。
「武蔵野プレイスのミッションは”地域のにぎわいを創出すること”。そのために妥協しない。一般的に公共施設はさまざまな方の要望を反映した最大公約数的なものになりがちですが、武蔵野プレイスでは強い意志をもって安易な改善はしないようにしています」

1階のカフェも仕切られることのないひとつながりの空間になっている

もうひとつ重要なのが”ブラウジング(回遊)性”だ。
「ある目的をもってここを訪れた人が、別のことに目が向くように工夫しています。例としては3階で行われている市民活動の活動紹介を、2階のライブラリーコーナーに展開していることなどがあげられます」

図書館、生涯学習、青少年活動、市民活動という4つの機能は、数十個のルームに分割され、地下2階+地上4階の建物全体に再配置される。
異なる機能が隣り合うことによって、予定不調和な出合いが生まれるのだ。そのためにはルーム同士を仕切ることなく連続させる必要がある。
こうした武蔵野プレイスの空間構成は、にぎわいの創出を実現することを意図して設計されたもの。
施設のあり方を合意形成することを意図した事前の市民ワークショップなども含め、事業主・建築家・市民の間で共有された。

随所に設けられた吹き抜け。上階から下階の活動が見える

そうしてつくられた空間が、当初の理念を曲げることなく運用されている。なぜそのような毅然とした対応が可能なのだろうか?
「にぎわいの創出のためには人が滞留する施設にしなければならない、という問題意識が事業構想の段階から強くありました。機能や建築だけでなく、組織の設計もそれに準じています」
市の職員として数々の組織を渡り歩いてきたという斉藤さんだが、武蔵野プレイスの組織は一風変わっているという。
「行政的な縦割りではなく、4つの機能のうち生涯学習、青少年活動、市民活動の3つをひとつの課で担っています。図書館の運営には専門性が必要なため分けていますが、横断的な組織によって柔軟な対応が実現できている面はありますね」
4つの機能が細分化されて空間内に分散配置され、流動性の高い組織によって運営される。
建築を構成する機能・空間・組織という要素が、どれも同じ構造をもつという不可分で一体的なあり方が、ブレない運営を可能にしているのだろう。

利用者からの意見とそれに対する返答は館内に貼り出され、市民に共有される

最後に、この建築について聞いてみた。
「好きですよ。特に気に入っているのは3階の会議室です」
利用者の顔が見えるデザインが良いのだと言う。
「それから設計者の比嘉さんから伺って印象に残っているのは、この施設には廊下がないということ。ある場所とある場所をつなぐためだけの空間がない、というのは武蔵野プレイスのあり方をよく表していると思います」
設計者からしてみれば当たり前のことも、直接その意図を知ることで理解が深まることもあるだろう。
竣工から7年経った今でも、比嘉氏は各メディア取材の立会いのためたびたび訪れるのだという。運営者と設計者が交流する機会が日常的にあることも、組織と建築とのつながりを強固にしている要因のひとつなのかもしれない。

3階会議室。会議目的で訪れた人が図書館を利用することも多いという

建築をより良く使うために


建物をつくって終わりでは有効に利用されない、という問題がある時期から取り沙汰されるようになり、箱モノ行政批判にもつながっていく。
それに対応するかたちで、昨今では設計者任せにしない計画が一般的になってきている。
設計段階からどのように建物を活用していくのか、事業主や設計者、利用者間で議論し方針を固めていくプレ・デザインという考え方だ。
各者の要望を事前に吸い上げ設計に反映させるだけでなく、竣工後も主体的に建物の運営に関わることが期待されている。
しかしながらそうやって事前に共有された運営のあり方を、どのようにして維持していくのか、という点に対してはまだまだ試行錯誤の段階だ。
武蔵野プレイスで人と建築との幸福な関係性が維持されているのは、施設のあるべき姿が空間デザインだけでなく、組織や機能までトータルにデザインされていることが大きいといえるだろう。
建物のファンともいえるリピーターが多くいるだけでなく、この建築で働きたいと求人に応募してくる人も毎年必ずいるそうだ。
建物に関わる人が変わっても引き継がれていくであろう強い基盤のようなものが感じられた。

地域を活性化させる公共施設の成功事例として全国から視察団が訪れるという武蔵野プレイス。
表面的な真似事ではない、本質的で有効な取り組みが共有され、広まっていくことを願っている。

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