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【現代ホラー異聞録 山神の血印 ~おはなしの集う山~】(4話目/全10話)

山の怪 4

 荷物を六山の家に置き、イワナが入ったクーラーボックスだけを担いで再び二人で隣の山へ向かった。

 麓までは車で行ったが、舗装道路が切れたところで六山は車を停めて降りた。もっと上まで車は入れるが、車で行くのは怖いから嫌だと六山が言い張り、仕方なく石原も車を降りた。

 未舗装とはいえ整備された道だ。六山家の山で獣道を歩くよりは楽な道程だったが、怪しい男がいる所へ心霊現象の詳細を聞きに行くのかと思うと足取りは重い。

「なあ、車が叩かれたのってどこ?」

「もうちょっと上かな。大丈夫だよ、今は歩きだから」

「俺らが直接何かされるってことない?」

「怖い事言うなよ。あ、彼女が途中まで迎えに来てくれるってさ」

 六山は山道に入ってからずっとスマホを見ている。小さな画面で視界を塞いで現実逃避をしようとしているのだろう。

 石原は逆に周囲をきょろきょろと見回していた。

 藪や木々の枝葉が生い茂り、遠くまで見通すことは出来ない。

 死角だらけだ。そう意識すると、草葉の陰から不意に何かが飛び出てきたり、誰かにじっと覗かれていたりする気がしてくる。

 ふと、白い物が視界の端を掠めた。石原は反射的に目を凝らした。木立の隙間に、白い物が見えた。

 垂れ下がった蔓草の葉の陰に上半身が隠れているが、白いワンピースを着た女に見えた。身を屈めてこちらへ来る。隠れていた上半身が見えた。頭があるべき所が白く輝いていた。

 石原はぞっとしたが、次の瞬間、顔を上げた女と目が合った。幽霊ではないと気付いた。俯いた女の白いキャップが木漏れ日を受けて眩しく見えただけだった。

 生気のあるきらきらした目が微笑んでいる。

 可愛い。キレイ。美人。そんな単語が頭の中を飛び交い、棒立ちになった。

 石原の足音が途絶えたことに気づいたのか、数歩先を行っていた六山が振り返る。硬直した石原の視線の先を見て笑った。

「瑛茉さん。どこから来てんの」

「近道ー。こんにちはー」

 ちょん、と首をかしげる仕草でさらさらの黒髪が揺れる。木漏れ日を浴びた瑛茉はグラビアアイドルの写真のような完璧に計算された可愛らしさを自然体で繰り出していた。

「あ、ども」

 石原はぎくしゃくと会釈した。瑛茉が六山を見上げて微笑む。

「石原くん?」
「そう。こちら、瑛茉さん」

 六山が瑛茉に頷いてから石原に紹介すると、瑛茉はファンに微笑むアイドルのような輝く笑顔で軽く右手を振った。

「はじめましてー、イサくんの彼女でーす」
「あ、ども、石原です。えっと、勇郎の幼馴染、です」

 石原は軽く頭を下げて瑛茉の足元に気づいた。ずいぶん汚れた登山靴だった。よく見ると着ているワンピースもゴワついて固そうな素材で、あちこち汚れている。むき出しのように見えた腕にもベージュのアームカバーをしていた。

「これ、イワナ。萩沢さんの分もあるけど、食べるかな?」

「わー,ありがとー、イサくん。うん、食べると思う。お茶出すから、寄ってくよね?」

「うん。萩沢さんはいる?」

「いるよー。石原くんもありがとうね。麦茶とシャーベット用意してるから、ゆっくりしていってね」

「あ、はい」

 優しい。可愛い。キレイ。天使。頭の中を舞う言葉の中に、勇郎の彼女、という言葉が現れて我に返った。

 並んで歩き出した二人について行きながら、羨ましいという言葉が頭の中で増殖していく。地雷だろうと霊感女だろうとこんなに明るく可愛いのなら何の問題もないと思えた。

 だが、今まで一度も見たことがないほど優しい笑みを浮かべた六山の横顔を見た石原は、自分の使命を思い出した。六山は完全に骨抜きにされたような顔だ。自分まで見た目の可愛さに惑わされている場合ではない。

 イワナ料理について語り合う二人の会話に割り込む隙を窺っていたら、なにか違和感があった。何が引っかかっているのか少し考えて気づいた。

 六山と瑛茉が同じ目の高さで話している。

 さっき石原が瑛茉と向き合って挨拶をした時は、わずかに目線を下げて目を合わせた。六山の身長は百八十センチ近い。石原はぎりぎり百七十センチだ。瑛茉が六山と同じくらい背が高ければ向き合った時に必ず印象に残ったはずだ。

 履いてるのも登山靴だからヒールの高さがプラスされているわけでもない。もう一度、瑛茉の靴を確かめてから視線を上げた石原は悲鳴をあげた。

「うわっ! なに、なんでっ?」

 瑛茉の背はさらに高くなっていた。瑛茉は六山の倍近い高さから可愛らしい微笑みで六山を見下ろしていた。

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