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【現代ホラー異聞録 山神の血印 ~おはなしの集う山~】(7話目/全10話)

異変 1

 アパートに戻った石原は、部屋に一人でいる事が落ち着かずに街へ出た。

 歩きながら何度もスマホを見ていた。今日中には勇郎が亡くなったと実家から連絡が入ると思った。

 地元に葬祭場は無いから隣町で葬儀をするだろう。地元に戻らなければ大丈夫だ。

 葬儀はいつになるのだろうと考えながらも実感は無かった。萩沢から死んだと聞かされただけで遺体を見ていないせいだろう。

 ゲームセンターや古着屋、家電量販店を眺めて回っているうちに日が暮れてきた。

 アパートの近くの定食屋に入り、注文を取りにきた顔見知りの店員にいつものように日替わり定食を頼んだ。

「ミヤマクワガタがとれるんだって」

「え?」

 店員が怪訝そうに聞き返して来た。石原は声が小さかったのかと思ってもう一度繰り返した。

「あさにいけばだいじょうぶ」

「……あの、ご注文は?」

 気味の悪いものを見るような目をした店員に、石原はむっとした。今度ははっきりと言った。さすがに聞こえなかったとは思えない。

「あしたごじにしゅうごうな」

 さらに大きめの声で言うと、店員は困惑した顔でメニューを指さした。

「ご注文が決まりましたら、お呼びください」

 石原は苛立った。自分が聞こえていないくせになんなんだ、と文句を言いたいぐらいだが、今日はさっさと食べて早く寝たかった。明日から仕事なのだ。散々だった休日の疲れを残したく無い。六山の葬儀に行くためにまた休みを取る必要もある。遅刻や寝不足でミスをするようなことがあればまたマネージャーにねちねちと嫌みを言われる。

 口調は丁寧に、しかし苛立ちを込めた大きな声で、聞こえ難かったなら申し訳なかったと謝りながら注文を言った。

「じんじゃまでいかないからだいじょうぶだ、やまじいのいえのうらなんだ、ろくねんせいのひみつのばしょなんだ」

 立ち去ろうとした店員は足を止めたが、異様なものを見る目で石原を見ていた。

 その目に石原はうろたえた。ただ呼び止めて注文を伝えただけだ。ちょっと嫌みっぽくなったかもしれないが、何もおかしなことはしていない。

 だが、周囲の客達もちらちらと石原を見ては目配せしあっていた。その中の一組、若い男の二人連れの片方が聞こえよがしに言った。

「なにあれ、頭おかしーんじゃねーの、店員さん困ってんじゃん」

「やめろって」

「いや、だってさー、ああいうのは一人で歩かせちゃだめでしょ」

 厨房の方から店長が足早に出てきた。

「お客さん、どうしました?」

 もう二年もここに通っている。店長とも顔見知りだ。石原は事情を説明した。

「ふたりでどうじにみつけたらわけっこだから。でもいさおにはおおきいのをやるよ、おれはむしはあんまりすきじゃないし、りっくんたちにみせたらやまにかえすから」

 店長が店員を見ると、店員が何かを訴えるような目で何度も頷いた。

 やば、と小さく笑う若い女の声が聞こえた。やめなさい、と窘めるような年配の女の声がした。

 石原は思わず振り返った。壁際の席に座った親子連れがさっと視線を逸らした。なんで俺が言いがかりをつけているような目で見られなければいけないんだ、と石原はまた苛立った。

「お客さん、申し訳無いんですが、うちはご飯を食べるお店なんでね。なにか食べるんでなければ、お帰りください」

 店長は哀れむような目をしていた。口調も優しかった。

 石原は、まさか、と自分の口を押さえた。

 俺の話が通じてないのか? 勇郎のように変な事を言っているのか? そう思ったら血の気が引いた。

 慌てて店長と店員に頭を下げて何も言わずに店を出た。

 体が震えていた。大丈夫なはずじゃなかったのか。萩沢は地元を離れろと言った。だからそれで大丈夫なんじゃなかったのか。

 勇郎の顔が頭に浮かぶ。あの異様な顔。嫌だ、あんな風になりたくない。

 石原はアパートに逃げ帰った。

 壁に立て掛けてある姿見を見たが、顔に異常はない。

 しかしまだ不安だった。自分はおかしくないと確実に確かめたい。

 買ったばかりのスマホの録音機能を使いながら話した。

 今日、定食屋で注文を聞いてもらえなくて周りの客にも笑われて最悪だった。

 そんな他愛ないことを喋った。

 深呼吸をしてから再生した。
 
『ぼくもみんなとおなじはっぴがいい。なんでぼくのはちがうの。なんでいっつもぼくだけなかまはずれなの? なんで、ねえ、なんで? おかあさん!』

 甲高い子供の声を呆然と聞きながら、町内会のこども祭りで着た法被を思い出した。

 地元で祭りをやる時は、地区ごとにある神社でお清めをした法被を配る。法被の背中には宮司が手書きで地区ごとの印を書くのだが、先祖代々あの町に住む家の子達と、よそから引っ越してきた家の子達では違う印を書かれた。

 その区別は町の行事のほとんど全てで行われていた。物心がつく年頃になると、子供達の間で地元の子とよその子という溝がなんとなく出来ていた。

 石原家がある地区では、よそ者は石原だけだった。だから遊び仲間の間でもたびたび仲間外れにされてからかわれることがあった。そんな時にフォローしてくれるのは六山だった。

 祭りの時はお下がりの法被を貸してくれて、みんなとお揃いにしてくれた。
 
『おかあさん! いさおくんがねえ、はっぴかしてくれた! ぼくねえ、いさおくんとおなじはっぴきるよ!』

 あの時の嬉しさをはっきりと思い出した。

 あの頃、仲間外れにされると六山がいつも石原の側についてくれた。

 幼い頃の石原にとって六山は頼れる兄貴分だった。

 だが、年を経るごとに自分がいつも六山の下にいるような気がして引け目を感じるようになった。

「だから見捨てたの?」

 女の声が自分の口から出てきた。瑛茉の声だった。

「うわあああ!」

 口を押さえて叫んだ。

 震えながら背後の姿見を見た。顔は変わっていない。
 
 だが、口を押さえた右手の甲から指が生えていた。小さく細い子供の指だ。指はまるで石原の手の中から抜け出ようとするかのようにもぞもぞと動いていた。

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