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六十五話 タトゥーを入れる理由

それは自然な事だった。
毎日通うウチに、いつの間にか僕の身体に一つ、また一つとタトゥーが増えていった。
きっと日本で生活していたら、こうはならなかっただろう。
旅という非日常であり、また凡ゆる束縛からも解放され、他者の干渉や目も気にせず、自分の意思で全て決定して進む事が出来たからこその事だったと思う。

 スタジオは路面店の一階だけど、少し階段を上がった一階だったので、騒がしさとは無縁だった。
大理石で出来た床、大きなソファ。壁には沢山のフラッシュ(下絵)、冷蔵庫、奥の部屋は施術ルームになっていて、そのまま中庭へと続いていた。
なので、良い風がスタジオの中を流れ、時々、猫も通っていった。

施術ルームの方にはテレビもあって、ビデオが流れている(今のバリのスタジオは、施術中、ゲームが出来たりする)
「リトル・ドラゴン(小龍)」

ある日の施術中、オーナーである彫師が僕に訪ねてくる。

「俺は別に構わないよ。だけどさ、どうしてそんなに一気に入れるんだ?お前のは、そう、まるで追い詰められていくみたいな入れ方だし、そんな生き方だ。楽しそうじゃあないよ。」

僕が続け様にタトゥーを入れるものだから、彼も心配していたのか、僕に聞いてくる。

「そういう風に見える?」

「ああ、そう見えるよ。」

「実はさ…、僕はこの旅の中で大勢の友人を失ってしまったんだよ。僕はここで生きてるのにさ。その友達と出会ったから、そして最後に約束したから、今ここに在るんだけどね。」

「でも、あまりに突然過ぎて、まだ実感として受け止めてきれてないし、実は今もひょっとしたらこれは夢の中の出来事なんじゃないかと思う事もあるんだ。正直、これからどうしていけば良いのかが分からないし、この旅の先、に続く道なんて、何も見えていないんだ」
僕は更に続ける。

「この旅の途中、メラネシアの風習の話を聞いたんだけどね。家族が亡くなると斧で指を落とし、その痛みを受ける、受け入れるという習慣があるって聞いたんだ。それと同じでさ、死んだ友達を忘れない為にも、僕はタトゥーを入れたいと思ったんだ。それが今、僕にある唯一の生きてる証明というか。」

彼は「そうか」とうなずきながら、僕の話を黙って聞いている。

僕は今まで黙っていた思いを、一気に吐き出すように喋り続ける。

「今の僕にとってタトゥーってのは、今自分がここに生きているって事の証でもあるんだよ。夢なのか現実なよかも分からないこの世界の中で唯一、ああ、自分は確かにここに存在してるんだなと感じる事が出来る事象であるから。だからタトゥーを入れたいんだ。」

うんうん、と彼は頷く。
そして僕の言う事が一通り終わると、彼は静かに口を開く。

「でもさ、お前がそうやって苦しみながら生きているウチは、お前を生かす為に死んでいったそいつらだって、嬉しくないんじゃないか?お前の人生はお前の為ものだし、お前は生きている。それは事実だ。そして生きているなら、楽しめ!人生は楽しむ為にあるんだ!」
(実はこの言葉を、その後のタイで刻む事になる)


「さあ、今日はもう終わりだ!」
マシンを止め、道具を片付け始める。

「明日、もうひとつだけタトゥーを入れてよ。」
僕は言う。

「おいおい。まだ入れるつもりか?」
施術が終わり外に居た連中も、またかと僕のこの発言に驚いている。

「明日、どうしてもイルカを入れたいんだ!」

「どうして?」

「このバリ島に来る途中、船の上からイルカを見たんだよ。沢山のイルカが船に着いてきて、泳いでたんだ。海を自由に泳ぐあの姿。それが凄く印象的でさ。だからイルカを入れたい。それを明日、ひとつ。それでまたここに戻ってきた時に、もう一匹、対で入れてほしいんだよ。」
おおー、と皆が頷く。

「よし、分かった。じゃあ、明日イルカを入れよう。それで、またここに戻ってきた時に反対側にもう一つ。そうしよう。」

「OK!約束だ!」

 そして次の日、僕はイルカを首の横に入れました。
「必ず戻ってこいよ。待ってるからな」
僕らは握手とハグをし、皆にまたの再会を約束して、ここウブドを後にする。

これまで一つ、また一つと通り過ぎてきた国、街だったけど、僕はここウブドに、「また戻ってくる」という目的が出来たのでした。

さて、次の行き先は隣の島、ロンボク島、そしてその先の小さな島。

ここで僕は弟分のZAKIと出会う事になるのでした。

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