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第五十七話 死の淵に立って


 スマトラ島。インドネシアの西に位置するこの島は、確か日本の面積の1.7倍とかなんとかの面積を持つ(かなりアバウトです)島。
北部にはアチェという独立を望む地域も存在し、また、以前、大きな地震のあった所でもあります。
 
スマトラと言えば何となくコーヒーかなと思った僕は、特にコーヒーが好きではないのだけど、取り敢えず現地のコーヒーを飲んでみる事にした。

うん、何かザラザラしてて、野生的なコーヒーだ。美味しいとは思えないけど、悪くも無い。
コーヒーを飲みながら、この先の旅の予定を考える。

やはり、地図のとおり、このままひたすら島を全部縦断して行こう。いや、しかし、北部も気になる。

 という事で僕は先ず、この島の北部アチェを目指した。
一体、どの様な経緯で独立機運が高まっているのか、興味があったので。
そして数日間のアチェ滞在後は、ジャングルへと向かった。マレーシアで行った以来、2度目のジャングル。
 
今回のジャングル行きの目的は、インドネシアには”あの”オランウータンが居るからでした。
しかも、ボルネオ島とここスマトラ島には、それぞれ別々の種類のオランウータンが住んでいて、その違いを実際に会って、この目で見てみたいと考えていたからでした。

動物園じゃなく、本物のオランウータンが自由に暮らしている姿を見たい。
その強い思いがあり、ここスマトラのジャングルへと向かったのでした。

ハリマオ(インドネシア語で虎。この時、既に絶滅したと言われていた)とは残念ながら会えなかったけど、念願のオランウータンとは会えた。サイチョウという珍しい、カラフルで大きな鳥も見た。ここのジャングルはマレーシア以上に野生的で、優しくはなかったが、沢山の動物達とも会えた。
(*実は現在、彼らの住む森は殆どなくなっていて、野生のオランウータンを殆ど見る事が出来なくなっています。なので、当時の僕は本当に最後のインドネシアの良き時代を見れたのだと思う)

しかしこの選択をした事が僕にとって、最大の失敗となった。

このジャングルを歩いている最中、蜂に二度刺されました。刺された瞬間、激痛。
森に暮らす人に薬草を塗ってもらうが、痛みは引かない。
何か身体がおかしいと思っていると、その晩から「のたうち回り」、高熱で倒れ、こん睡状態になり、何とか一命を取り留めるというような状態となってしまいました。
 
 一週間以上、殆ど水分も取れない状況。
三日間高熱にうなされる。

湿気の酷いジャングルの中で、それはかなりキツイ。

どんどん衰弱してゆく僕を見て、僕に聞こえないよう周遠くの方で「あいつは、もう助からない。ここで死ぬ」と周囲には言われていました。

そんな話は聞こえるし、何より僕自身も「もう駄目だろう」と感じていました。

アリが僕の身体を噛み始める。
死の匂いか、弱っているのを感じているのか、虫が身体にタカリはじめる。
ハエが傷口に卵を生みつける(その時、チクッと痛みがある)。
段々と身体が森の中、自然の中へと溶け込んでいく、帰って行くのを、ゆっくりジワジワと感じるのです。自分が日々、死に向かっている、弱っているのだと実感するのです。

最初は腕が上げられたし、虫を追い払い事も出来たのに、いよいよ、それも出来なくなり、寝返りを打つ事すら困難になる。

体の自由は利かなくなり、そして寒くなっていき、その感覚すら無くなっていき、そして心も闇に包まれていく_。

ああ、遂にこれが最後なのか。
死とはこういう事なのか。
死の匂いが確実に、もう目の前に来ているというのをヒシヒシと感じる。
 
最初はまた東京へ帰るという事を夢見ていたが、段々とそれは無理だろうと諦める気持ちが強くなり、次にインドネシアから出る事を目標にする。
しかし、身体はどんどんと衰弱の一途で、今度はこのジャングルから脱出する事を目標とする。
しかし、それすら危うくなり、次は再び立ち上がる事を夢見る。それも無理だと悟り、次は生きる事を望む。

最後はそれもなくなっていく。
すべての欲望が無くなり、「無」になる。
 
もう何も感じない。何も望まない。

そんな最後を覚悟したある時、扉の近くに人の気配を感じる。
 
誰だろう?
僕は、首すらもう動くような状態ではなかったので、目だけで確認する。
 
するとそこにはなんと中世ヨーロッパの宣教師のような井出達をした男が一人立っている。
その目は僕を見据えジッと観察しているようだ。僕の目の中を覗き込む。
 
しかし、その顔の色は人のその色ではなく、なんというか黒いような肌の色。
目の色だけが輝いている。輝くというよりは、目の中に光が吸い込まれていくような感じ。その手には大きな古い本のようなものを抱えている。
 
夢を見ているのか?
何故、こんな宣教師みたいな人間がこんなジャングルの中に?
いや、そもそも人間じゃないかもしれない。

人の様でいて、人には見えない。
これは、本物のお迎えに来ちゃってるんじゃないのだろうか。
 
その者は、ずっと僕を観察している。

僕は目で彼に、「僕はまだ大丈夫。帰ってくれ」と訴える。

そして、目を閉じて僕はこう念じる。

これは夢だ。夢なんだ。
早く居なくなってくれ。
大丈夫。目を開けた時には消えているから。
そして再び目を開ける。

しかし、まだ居る。

相変わらず、感情の無いその表情、その目で、ジッと僕を観察している。

彼からは一切の生気は感じられず、また感情的なものも読み取れない。
ただただ、僕を観察する。
その目は全てを見透かすように、僕の全てを知っているかのように…。
 
僕は、まだ生きられる!絶対に生き抜いてみせる!!
最後の気力を振り絞り、目で訴え掛ける。

そして、高熱でまた気を失ってしまう_。
 
こん睡状態の中、僕は完全に光も音もない、闇に包まれる。
何もいらない。何も望まない。何も感じない。
 
でも…生きたい!
ただ、ただ生きたい。
 
その思いだけが残った僕の目に遠く、遠く遥か先に小さな光が見えた。
それに向かって進むと、目が覚めた。
 
目が覚めると僕の身に信じられない事が起こる。何と不思議なくらいに体が軽いのだ。
腕は上がるだろうか?(この数日間は腕も上がらなかった)
 
上がる!
体が軽い!
 
立ち上がれるだろうか?
流石に無理だろうと思うが、難なく立ち上がれる!!
 
この数日間が嘘のように、別の誰かの身体になったように、普通に動けるのだ。
一体何が起こったのか?
嘘みたいな奇跡が起こった。
まるで、ゲームで一回死んで、再びコンテニューモードが始まったように。
僕は外に出る。
その姿を見て、みんなが驚く。言葉もないほどに驚いている。
 
「お待たせ!行こう!もう大丈夫!」
 
それは高熱による幻覚かもしれないが、事実として僕は突然回復した。
腕も上がらなかったはずが、20kgものバッグを軽々と持ち上げるまでに。
 
しかし、これも一時的なものかもしれないと焦った僕は、この動ける時にと皆を急かし、直ぐにジャングルを後にした。

そして何と、僕は奇跡的に死から逃れる事が出来たのだった_。
 

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