見出し画像

題名:『拝啓、アトリ様』

注意書き

当記事は、PC用ノベルゲーム「ATRI ~My Dear Moments~」(以下、『ATRI』)の二次創作に分類されます。

当記事は、『ATRI』の展開やエンディングに関するネタバレを含みます。

当記事には、『ATRI』の名前付き登場人物は出てきません。

当記事は、8月28日に作成されました。本日は、『ATRI』のヒロイン・アトリの誕生日となります

『ATRI』の公式サイトは、こちらとなります






本文

何かの折に、あなたは見つけるでしょう。インターネットの海に流された、なんてことのないテキストデータ。

あなたはその内容に心当たりがあるかもしれないし、感じることがあるかもしれない。

これは、きっと特別な誰かのものではない。タイトルへ目を通す。『拝啓、アトリ様』。一部破損が見受けられるのか、作成者や差出人の情報は欠落している。

あなたは、そのテキストデータに目を通すことにした。飽きたのなら、いつでも閉じることが出来るだろう――――。

■■■■■■■■■

拝啓、アトリ様。

あなたの姿を見なくなってから、■年が経過しようとしています。あなたが居なくなった日を境に、町に光が訪れました。

もしかしたらただの偶然なのかもしれないけど、■は今も、あなたがそうしてくれたのではないかと考えています。

電気が供給されるようになってから、町は変わりました。夜でも人の声が聞こえるようになりました、冷たい飲み物を夏でも飲めるようになりました。何より、皆が前向きになったような気が、しています。

だからまずは、ありがとう。これは電気のことだけでは無くて、あなたの笑顔がくれたものに対してのものでもあります。きっと、■たちだけでは、あの夏をあんなに笑い続けることは出来なかったでしょうから。

目を閉じると、今でも思い出します。高く足を上げて、楽しそうに歩くあなたの姿を。それを見て楽しそうに微笑む学者先生の姿を。

写真は撮っていませんでしたから、この前ジャンク屋にカタログを見せてもらって、YHN-04Bという型のヒューマノイドの姿を見て、もっと詳しくあなたの姿を思い出そうとしました。

忘れているつもりは無いのだけれど、やはり■年も経てば多少は薄れてしまうもので。

でもやはり、あなたとは違いました。カタログが古くて若干見づらいのもありましたが……そこに居た彼女らよりも、あなたの方がずっと可愛らしかった。

ヒューマノイドにこんなことを望むのはおかしい話だけど、あの時間があなたにとっても楽しかったのであれば、■としては嬉しいです。

……きっと、もう耐用年数を過ぎたあなたは、機能停止していることでしょう。

そのボディが今どこにあるのかまでは分かりませんが、学者先生がきっと、大切にしてくれているはずです。先生は、あなたのことが随分好きなようだったから。

その学者先生ですが、今はこの町には居ません。アカデミー……元居た凄い学校の方へ、帰っていったらしいです。

時々水菜萌ちゃんや竜司くんと話した時に話は聞いて、どうやら向こうで頑張っているとのこと。何のために頑張っているかとは、聞きませんでした。

■はそこまで彼と親しかった訳では無いので。何か大きな目的があるのなら、叶えば良いなとここから祈るだけです。

あなたが通っていた学校ですが、町に灯りが灯ってから、生徒の数はもっと増えたそうです。『対応が大変です』と、零していた花子先生は、町に来た時とは別人のように柔らかな表情でした。

新しく学校へ戻った子供たちにお勉強を教える時、凜々花ちゃんという女の子も手伝ってくれているようです。『もっと勉強して、なつき先生のとこに行くんだ!』と張り切っていました。

そういえば。花子先生が険しい表情をしていた時、一度だけあなたと歩く姿を見たことがあるような気がします。前からのお知り合いだったりしたのでしょうか。

思うと、30年以上前に生まれたはずのあなたについて、■は何も知りません。突然現れて笑顔を振りまき、■たちに光を与えたヒューマノイド。

『高性能ですから!』と胸を張るあなたの振る舞いは、一体どこで培われたものなのでしょう。

この暑い季節になると、そんなことを思い返します。

わざとエアコンを切ったりして、あの夏のことを考えます。

■たちは、あなたに笑顔を貰っていました。

■たちは、あなたに何かを返せていたでしょうか。

明るい町の光の下では、星の光は見えにくくなります。奇跡のようだったこの光景も、いつかは慣れてしまうでしょう。

奇跡のようだったあの日々を、いつか■たちは忘れてしまうでしょう。それを今、■は悲しいと感じています。

■は、あなたたちを見守るだけで、楽しかったのです。

感情のままに書いてしまいましたから、読みにくいところもあるかもしれません。読みにくかったのなら、ごめんなさい。

この手紙を学者先生にまず渡そうとしましたが、やめました。こういうものは、本人に直接渡してこそでしょうから。

今、どこかへ眠るあなたへ向けて。

あるいは、いつか目覚めるあなたへ向けて。

この手紙を、この電脳世界に残します。

お誕生日おめでとう、アトリちゃん。

敬具

■■■■■■■■■

あなたは、テキストデータを読み終わった。

なんてことのない、一住人から優しいロボットへ向けた、ただの置手紙。

これを少女が読む保証は無い。/既に機能停止している。

これを誰かが読み解く必要は無い。/個人から個人への、ただの手紙だ。

偶然目に留まったそれを見終えたあなたは、あなたの日常に帰っていくだろう。

ただ、叶うことなら。

一度、(経験したことが無いかもしれない)あの夏へ、思いを馳せてみてほしい。