これから暮らす知らない街でむさぼり読んだマンガの話

3月31日,めしばな刑事タチバナの最新刊が出た.

第1巻を手に取った日のことをぼくははっきりと覚えている.それは2011年3月31日,まだ東日本大震災の争乱冷めやらぬ春の日のことだ.

なぜそんなことをはっきり覚えているのかと言えば,その日は,生まれて以来30年近く住み続けた愛知の地を離れ,川崎市多摩区で新しい生活を始めた日だったからだ.当面の着替えを詰め込んだ大きなリュックを背負って立った新幹線のホームで,暇つぶしになりそうなものをほとんど持っていないことに気づいたぼくは,キオスクで慌てて1冊のマンガを買った.めしばな刑事タチバナの第1巻だった.

めしについてただ好き勝手に語る」それだけと言えばそれだけの話なのに,なぜか異常におもしろかった.その頃ぼくは既に一人焼き肉も経験済みだったし(その直前の冬,面接に呼ばれた鶴岡でのことだった.他に夕食を食べられそうな店がなかったのだ),牛丼,立ち食い蕎麦,袋ラーメンなどなど,タチバナが繰り出すめしばなの数々はこれから一人暮らしを始める三十路手前の男にはちょうど良かった.

送った本が届くまでしばらくの間,ぼくはただただこの1冊だけを延々繰り返し読んでいた.まだ荷物も空き切らない部屋で(一人暮らしなのにメゾネットの部屋を借りていた.あの部屋には住めるものならまた住みたい)マットレスで毛布にくるまって夜が更けるまで読み続けていた.立ち食いソバは食べたことがなかったし(ぼくの生活圏内にはなかった.今でもほとんどない)他にも見たこともないチェーン店の話もいろいろあったが,それでも異様におもしろかった.

後に作中の登場人物にすら
「タチバナの話は妙にうまそうに聞こえるときがあるが,あいつは基本的に話を盛るからな」
「うまいかうまくないかで言えばうまいものでも,いざ作ると全体から漂ってくる”男の浅知恵”感がキツいこともある」
(第570ばな「昆布水つけ麺」より)
とか言われているように,実食してみて「……ん?」と思うことは多々あったにせよ,ぼくは川崎での食生活の一部を確実にタチバナに頼っていた.

そんなわけで「この12年で一番ハマったマンガは?」と聞かれたら,即答で「めしばな刑事タチバナ」となる.連載誌が「アサヒ芸能」という時点で中年男性狙い撃ちなのだが,もう自他共に認める中年男性であるから望むところだ.

この話は旧ブログには何度も書いた話なのだけれどもう潰してしまったし,未だにタチバナは大好きだし,やはり面白いものは見てほしいし,ということでもう一度書いた.キャラクターも増え切り口も多様化し,50巻を間近に控えてますます加速し続けている.ぼくのイチ押しはアイスの志波さん.よかったら読んでみてください.


Twitter数学系bot「可換環論bot」中の人。こちらでは数学テキスト集『数学日誌in note』と雑記帳『畏れながら申し上げます』の2本立てです。